【観音崎灯台】 眺めを楽しんで、魚藍亭のよこすか海軍カレーを食べる。三浦半島1デイきっぷ②

前回の続きで、三浦半島1デイきっぷを使ったレジャー記です。
前回の記事はこちら・・・三浦半島1デイきっぷを利用し、横須賀くりはま花の国(入園無料)へ行きました。
 

久里浜駅から電車に乗った私達は、堀の内駅で乗り換えて浦賀でおりました。
浦賀駅から、観音崎公園行きのバスに乗り、乗車時間15分ほどで到着です。

三浦半島1デイ、2デイきっぷを使ったレジャーを、複数回に分けて書いてきましたが、今回で終了です。

レジャー記

観音崎は、東京湾と対岸の房総半島の眺めが抜群に良いところです。


観音崎と対岸の房総半島富津の間の海は、東京湾で最も幅が狭く6kmしかなく「浦賀水道」と呼ばれています。

 

 


展望園地では東京湾を行き交うコンテナ船が見れます。
けっこう頻繁に船が出入りします。

そういえば、東京湾アクアライン海ほたるから、コンテナ船の往来を見るのも面白かったなぁ。
→→東京湾アクアライン「海ほたる」の記事はこちら
 

 


再現された実物大28サンチ榴弾砲(木製)。
観音崎は、東京湾側に突出した岬であるため、東京湾防備の重要地点として明治13~28年の間に観音崎各所にレンガとコンクリートによる15箇所の近代的砲台が築かれました。

これらの砲台は日清・日露戦争時代に活躍したもので、関東大震災で大破したため、大正末期にはすべて廃止されているそうです。

10箇所の砲台があったそうです。

 

 


・・・なんだろう。
古そう。
これも戦時中使われていたものなのかもしれません。
他にも、関東大震災で倒壊した灯台跡もあります。

 



観音崎の海岸は、荒崎と同じ縞模様でした。同じ三浦半島ですから、地層も同じなんでしょうね。
→→荒崎公園の記事はこちら・・・こちらも三浦半島1デイ、2デイパスを利用して行きました。
 

 


蒸し暑い中、テクテクと階段を上る・・・。

 

 


観音崎灯台に到着したものの、閉館しており中に入れず。

この灯台は、3代目らしいです。 現役の灯台で、浦賀水道を航行する船舶を見守っています。

高さ19メートル、光到達距離は35キロメートルにもなります。

観音崎の初代灯台は「日本の灯台の父」と呼ばれるリチャード・ヘンリー・ブラントンが設計したもので、野島埼、樫野埼、神子元島、剱埼、伊王島、佐多岬、潮岬とともに条約灯台とも呼ばれ、日本最初の灯台です。

→→潮岬灯台の記事はこちら・・・本州最南端の灯台です。

→→樫野埼灯台の記事はこちら・・・エルトゥールル号遭難事故では、この灯台の官舎に駆け上がり、トルコ人が助けを求めた。

 

 


灯台裏には切通しがあります。
地層が良く分かります。

「切通(きりとおし)」といえば、有名なのが鎌倉です。化粧坂切通しと、源氏山公園の記事に書きましたので、ご覧ください。

 


 


観音崎は夏、海水浴客で賑わうそうです。

観音崎公園のうみの子とりでやアスレチックの森で遊びたかったのですが、足が疲れ、時刻も18時近くになっていたため戻りました。

 

 

私達が観音崎公園へ行ったのは、景色を楽しみたかったこともあるのですが、走水神社(はしりみずじんじゃ)へ寄りたかったからです。

時間が無くて断念しましたが、観音崎灯台から2km離れたところにあります。

走水神社は日本武尊(やまとたけるのみこと)と弟橘媛命(おとたちばなひめのみこと)を御祭神としてお祀りする神社です。

弟橘比売(おとたちばなひめ)とは、日本武尊が九州のクマソタケル兄弟を討ち、大和へ帰る途中に浪速(大阪)の羽曳野で会った女性です。

「兄を殺してしまった罪を父親に許してもらった暁に、浪速に迎えに行く」と約束していたのですが、父に許してもらうどころか東方遠征を命じられました。

生きて帰ることができないかもしれないと思った日本武尊は、遣いを浪速にやり、弟橘比売を呼び寄せて旅に同行させました。

走水(現在の横須賀)から上総国(現在の千葉)へ向かうのに、船で渡ったほうが早いだろうと漕ぎ出たのですが、一行は酷い嵐にあってしまいます。

そこで、弟橘媛命が、
「このように海が荒れ狂うのは、海の神の荒ぶる心のなせること、尊様のお命にかえて海に入らせて下さい。」
と告げ、菅・皮・絹の敷物を波の上に敷いて、
「さねさし さがむのおぬにもゆるひの ほなかにたちて とひしきみはも」
と御歌を残し、海中に身を投じました。

すると嵐はやみ、日本武尊は無事、上総国に渡ることが出来ました。

 

弟橘媛命が入水してから数日後、岸に櫛が流れ着き、村人たちはその櫛を日本武尊と弟橘媛命の御所があった御所が崎に社を建て、櫛を納め橘神社としました。

けれども、明治18年に御所が崎が軍用地になったため、橘神社は走水神社の境内に移され、明治42年に走水神社に合祀されたそうです。

 

弟橘媛命が詠んだ、
「さねさし さがむのおぬにもゆるひの ほなかにたちて とひしきみはも」
とは、
「相模の野 燃え立つ野火の 火の中に立って 私を気遣うあなた」
という意味だそうです。

走水に来る前に、相模の国(静岡県の焼津あたり)の国造から火攻めに遭った時(この時の日本は各地に豪族が居て、みんなが大和朝廷に従っていたわけではない。相模国の国造りは、ヤマトタケルを敵と見なした)、「あまのむらくものつるぎ」で炎のついた草を根元からなぎ払って守ってもらったことを歌にしたそうです。

のちに、あまのむらくものつるぎは、くさなぎのつるぎと名前を変えます。
くさなぎのつるぎは、名古屋の熱田神宮のご神体ですね。(名古屋旅行もまた後日紹介します)

また機会があったら、走水神社へお参りをしたいと思います。

 

 

 

さて、私達はバスで横須賀駅へ戻り、魚藍亭というお店で、元祖よこすか海軍カレーを食べました。


明治41年の旧日本軍のレシピに、最も忠実な味だそうです。

あまり辛くなくて、食べやすかったです。

牛乳がついているのが、海軍カレーのポイントだそうです。

以上で、複数回に分けて行った三浦半島レジャーの紹介を終わります。

 

 

海軍カレーが好きな方は、横須賀海軍カレー本舗の「フィーチャリング戦艦三笠」の記事もご覧ください。(ビックリカレー)

 

関連記事

三浦半島1デイ・2デイきっぷで回ったところです。

→→横須賀くりはま花の国(入園無料)の記事はこちら

→→湘南国際村フェスティバル、立石公園、長者ヶ崎、葉山御用邸前、葉山マリーナの記事はこちら

→→報国寺(竹寺)の記事はこちら

→→城ヶ島を徒歩で散歩の記事はこちら

交通アクセス

横須賀駅から観音崎行きバスに乗り、終点下車。乗車時間35分。
浦賀駅から観音崎行きバスに乗り、終点下車。乗車時間15分。
電車の乗り換えはヤフー路線などでお調べください。
車で行く場合、第一~第六駐車場があります。全部で384台停められるそうです。
料金は普通車560円から890円。(時期により異なるそうです)
一部期間を除き平日は無料で停められるそうです。

フリー切符

三浦半島1デイ・三浦半島2デイきっぷ

→三浦半島1デイ・2デイきっぷ公式HPはこちら

京急線金沢文庫~浦賀間・逗子線・久里浜線各駅で自由に乗り降りできます。
1デイパスは品川駅から大人1920円、横浜からは1410円。
2デイパスは品川駅から大人2030円、横浜からは1620円です。
料金比較しても分かるように2デイパスはとてもお得です。

必ず公式HPで注意事項などをよく読んでご利用ください。

他に横須賀グルメきっぷもあります。

どのフリー切符を利用するかは、旅行プランを組み立てて比較検討してくださいね。

料金について

公園は入園無料です。
バーベキューの利用料も無料だそうです。
観音崎自然博物館は、入館料大人400円、小中学生200円。
観音崎灯台は、大人200円、小学生以下無料。

近くの宿泊施設

観音崎京急ホテル。観音崎公園の隣にあります。

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