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和歌山県旅行記

【闘鶏神社(世界遺産)と、弁慶生誕地の碑】 武蔵坊弁慶の父とされる湛増(たんぞう)が、神意を確認した神社

投稿日:2016年10月18日 更新日:

2016年10月31日追記

祝! 

闘鶏神社世界遺産登録!


2016年10月23日に世界文化遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」に追加登録されました!

 

ずっと白浜町の観光を紹介してきたのですが、前回、熊野水軍の話しが出たので、紀伊田辺駅近くにある「闘鶏神社(とうけいじんじゃ)」と、「弁慶生誕地の碑」について取り上げます。

私達が訪れたのは、2008年でした。

参拝記

紀伊田辺駅を出てすぐに、武蔵坊弁慶の像があります。

(ブレててゴメンナサイ。古いデジカメで撮影)

 

 

闘鶏神社は、駅から徒歩5~10分くらいのところにあります。

距離にして、1kmくらい離れています。


 

 

拝殿はこちら。

写真に撮っていませんが、闘鶏神社の6棟の社殿は、熊野本宮大社が川の増水で流失する以前の社殿の形を再現しており、県有形指定文化財に指定されています。

 

熊野本宮大社(世界遺産)の記事はこちら・・・全国に約3千社ある、熊野神社の総本社。

→→熊野本宮大社の旧社地「大斎原(おおゆのはら)」の記事はこちら・・・明治22年まで、熊野本宮大社があったところ。

 

 

允恭天皇8年(419年)9月、熊野権現(現在の熊野本宮大社)を勧請したのが始まりで、祭神は熊野三所神と天照皇大神以下十一神です。

 

田辺は熊野街道の大辺路・中辺路(熊野古道)の分岐点であることから、皇族や貴族の熊野参詣の際は、闘鶏神社に参蘢して、心願成就を祈願したそうです。

 

熊野三山の全ての祭神を祀る熊野の別宮的な存在なので、ここに参詣し、三山を遥拝して、山中の熊野まで行かずに引き返す人々もいたんだとか。(確かに熊野三山詣では、大変だったと思います・・・)

 

 


 

この闘鶏神社で、武蔵坊弁慶の父であると伝えられる熊野別当湛増(たんぞう)が、平氏と源氏のどちらに味方をするか神意を確認するため、本殿の前で赤を平氏、白を源氏に見立てて、紅白7羽の鶏を闘わせました。

 

結果、白が勝ち、湛増(たんぞう)は源氏に加勢。

 

熊野水軍を率いて壇ノ浦へ出陣し、源氏は勝利、平家は滅亡しました。

 

 

 

境内の一角にある湛増と弁慶像。



 

 

 

闘鶏の像。

神社の社務所には源義経が奉納したといわれている笛(銘白竜)、弁慶産湯の釜、弁慶の父湛増が使ったとされている鉄烏帽子や鉄扇等の宝物が展示されているそうですが、私達が訪れたのは17時ごろだったので社務所は閉まっていました。

 

 

本殿裏の神山は、古代祭祀跡指定地だそうです。

社伝によると、龍神の信仰があるそうです。

龍神信仰は、あちこちで見られますね。

日本一綺麗なピラミッドといわれる黒又山も、龍蛇信仰です。

→→【黒又山(クロマンタ)】の記事はこちら・・・「日本でもっとも美しいピラミッド」と言われる謎の山。龍蛇信仰がある。

 

 

南方熊楠(みなかたくまぐす)は、この神山の巨大な楠木伐採を厳しく批判したそうです。

 

(ウィキペディア 南方熊楠より)

南方家は、海南市にある藤白神社を信仰していた。

藤白神社には熊野神がこもるといわれる子守神社があり、藤白の「藤」と熊野の「熊」そして、この大楠の「」の3文字から名前をとると健康で長寿を授かるという風習がある。

南方家の子どもたちは、すべて藤白神社から名を授けてもらっているが、熊楠は特に体が弱かったため、「熊」と「楠」の二文字を授かった。

1906年(明治39年)末に布告された「神社合祀令」によって土着の信仰・習俗が毀損され、また神社林(いわゆる「鎮守の森」)が伐採されて固有の生態系が破壊されてしまうことを憂い、翌1907年(明治40年)から神社合祀反対運動を起こした。

今日、この運動は自然保護運動、あるいはエコロジー活動の先がけとして高く評価されており、その活動は、2004年(平成16年)に世界遺産(文化遺産)にも登録された熊野古道が今に残る端緒ともなっている。

巨木や巨石は古代のアニミズム信仰ですね。(昔の原始的な信仰は、神殿を造ったりせずに、大自然を敬ったらしい)

ちなみに、南方熊楠の奥様は、闘鶏神社の社司であった田村宗造さんの四女である松枝さんです。

 

 

 

田辺は弁慶にゆかりのある町なので、10月初旬 に弁慶まつり(商工祭)、毎月第3日曜に弁慶市が開かれているそうです。

興味のある方は、お祭りの時期に訪れてみてはいかがでしょうか。

 

 

闘鶏神社のすぐ近く(徒歩1分)にある「大福院」には弁慶生誕の地があります。

場所は弁慶ゆかりのコースで確認してください。

 

創建当時は敷地も広大だったそうですが、豊臣秀吉の紀州攻めで焼かれてしまったため、現在はお堂を一つを残すのみとなりました。

 

かなり寂しいところです・・・。

 

 

 


まちナビというものをしているようです。

大福院についての音声はこちらで聞けます

 

 


武蔵坊弁慶は、京都の五条大橋で千本の太刀を奪うため、戦いの日々を送っていましたが、「999本集めてあと一本だ!」というところで牛若丸(義経の幼名)と出会い、戦って負けます。(漫画みたいに胸躍る設定ですね)

 

 

以降、義経の忠実な家臣となり、終焉の地となる平泉では、義経を守って堂の入口に立ち、薙刀を振るって戦い、雨のような敵の矢を受けて立ったまま死んだとされています(弁慶の立往生)。

 

 

(弁慶についてウィキペディアから抜粋)

熊野別当湛増(『義経記』では「弁しょう」、『弁慶物語』では弁心)が、二位大納言の姫を強奪して生ませたとされる。

母の胎内に18ヶ月(『弁慶物語』では3年)いて、生まれたときには2、3歳児の体つきで、髪は肩を隠すほど伸び、奥歯も前歯も生えそろっていたという。

父はこれは鬼子だとして殺そうとしたが、叔母に引き取られて鬼若と命名され、京で育てられた。

 

真偽の程はわかりませんが、「ありそう」と納得してしまったのは私だけでしょうか?

 

 

何年か前に、NHKの大河ドラマで義経をやっていましたね。

義経は滝沢秀明さんで、弁慶は松平健さんでした。

松平健さんといえば、徳川家紀州藩出身の吉宗公をモデルとした暴れん坊将軍でお馴染みの俳優さん。

「あ~、また和歌山出身の人を演じてくれるんだ~♪」と、とてもうれしかったです。(次は南方熊楠役でドラマに出てくれないかな・・・)

 

 


弁慶生誕の地とされる田辺市と、終焉の地である岩手県の平泉町は姉妹都市提携しているそうです。

 

 

岩手県には一度も遊びに行ったことがないので、また行きたいなぁ・・・と思います。

 

 

 

源氏、義経、弁慶、静御前に興味のある方は、

→→鶴岡八幡宮(国史跡指定)の記事(神奈川県鎌倉市。鎌倉幕府の中枢)

→→【鞍馬寺(くらまでら)】の記事(京都。牛若丸修行の地)

の記事もご覧ください。

 

 

 

次回から、白浜町観光に戻ります。

 

関連記事

→→三段壁洞窟、牟婁大辯才天。熊野水軍が、船を隠した洞窟。・・・白浜町

→→小町通りと、鶴岡八幡宮。 源平の争いにゾッとする。頼朝と政子、義経と静御前。・・・弁慶が仕えた義経についても書きました。

交通アクセス

闘鶏神社までは、紀伊田辺駅から徒歩10分(1kmほど)です。
白浜駅~紀伊田辺駅は、13分、200円です。

電車の乗り換えはヤフー路線などでお調べください。

近くの宿泊施設

アルティエホテル紀伊田辺。紀伊田辺駅でてすぐ。

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執筆者:チョットnow


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