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和歌山県旅行記

【吉原の中言神社(なかごとじんじゃ)】 名草山の北に位置する、中言神社の総本社。名草彦、名草姫(ナグサトベ)を祀る

投稿日:2018年8月4日 更新日:

前回の続きで、神武天皇と名草戸畔(ナグサトベ)伝承の紹介です。

参拝記

古事記と日本書紀にある話から、日本神話と皇室の祖先について前回書きましたが、簡単に振り返ります。

アマテラスから三種の神器を渡され、高天原から九州の高千穂に天孫降臨したニニギ。

その曾孫は四人おり、長兄がイツセ、末っ子がイワレヒコ(後の神武天皇)。

イツセらは九州の日向から奈良盆地を目指しますが、生駒山辺りで土着の豪族ナガスネヒコから警戒され、攻撃されます。

この戦いでイツセは矢傷を負い、傷が悪化して亡くなり、和歌山市の竈山神社に葬られました。

→→【竈山神社(かまやまじんじゃ)】の記事はこちら・・・イツセノミコトの墓がある。

 

 

長兄を無くしたイワレヒコ(後の神武天皇)は、さぞかし悲しかったでしょうね。

この後、イワレヒコはどうなったのか。

 

ナガスネヒコらとの戦いからずーっと後に書かれた日本書紀には、こう書かれています。(わかりやすいように、現代語で書きます)

6月23日、軍は名草邑(なぐさむら)に着き、名草の女首長を殺した。

 

 

名草の女首長は、名草戸畔(ナグサトベ)です。

 

 

ナグサ族は、今から2700年ほど前に神武天皇らが紀ノ國(和歌山)にやってきた、ずーーーーーーーっと前、おそらく6,000~5,000年前から住んでいた一族で、名草山のあたりを拠点としていました。

和歌浦から見た名草山。中ほどには、西国三十三所巡りの第二番札所【紀三井寺】があります。

名草山を眺めたい方は、和歌浦の【妹背山と観海閣】へ行きましょう。観海閣は、徳川藩祖・頼宣が名草山の紀三井寺を拝した所で、美しく見渡せるオススメポイントです。

 

 

ずーーーっと昔からこの地に住んでいた名草一族は、ヤマトの豪族ナガスネヒコらと同盟関係にあったようです。

ナガスネヒコ軍と戦いになり、長兄イツセを亡くしたイワレヒコ(後の神武天皇)らは、名草一族と戦います。

この戦いはイワレヒコらの勝利に終わり、日本書紀には、「名草戸畔は殺された」と一言だけ書かれました。

しかし、この地域に伝わる里の伝承では「ナグサトベは殺されず、イワレヒコらに降伏した」となっているようです。

さらに里の伝承では、「ナグサトベが死んだ後、遺体を頭・胴体・足の3つにわけて別々の地に葬った」とあるそうです。

 

 

古代紀国の女王名草戸畔(ナグサトベ)は殺されたのか、殺されなかったのか。どうして遺体は三つに分けられて葬られたのか。名草族とはなんだったのか、どこからきたのか。

 

これらについて詳しく書かれている本が、名草戸畔 古代紀国の女王伝説です。


過去記事で何度も紹介していますが、この本はとても面白いです! オススメです!

作家のなかひらまいさんが、知人から「神武東征の時、神武に殺された女王がいる。名草の人たちも全滅したらしい。でも、この女王様は成仏していない気がする。怨霊になって今もどこかをさまよっているような気がする。7年調べているけれども何も出てこないから、調べて本を書いてほしい。ナグサトベのことをみんなに知ってもらえれば、一番の供養になると思う」と依頼され、東京から和歌山へ何度も足を運び、取材と執筆に五年もの歳月をかけた本です。

 

 

内容を書くと楽しみがなくなるので、ぜひ本を読んでください。わかりやすくて、面白いです。

 


 

さて、今日紹介する「中言神社(なかごとじんじゃ)」は、この名草一族の首長であった、名草彦と名草姫(ナグサトベ)を祀る神社です。

中言神社は、名草一族が神奈備(神様が宿る山)とした名草山を守るように周辺に15社ありましたが、明治時代の合祀命令により、現在「中言神社」として残っているのは、黒江、田尻、吉原の三つのみ。

グーグルマップで「中言神社」を検索すると、すぐに出てくるのが名草山の南にある海南市黒江の中言神社です。ここは立派な社殿があるようです。

私達が訪れた中言神社は、名草山の北にある、吉原の中言神社。吉原はナグサトベの本拠地だったと伝わっており、他の中言神社はこの吉原の中言神社からの勧請なのだそうです。つまり、吉原の中言神社は、中言神社の総本社です。

 

 

前回紹介したイツセノミコトのお墓がある【竈山神社(かまやまじんじゃ)】から、吉原の中言神社までは車で7分。1.3kmしか離れていないので、徒歩で行ける距離にあります。

 

 

 

吉原の中言神社に至る道が、狭い!

軽自動車は通れますが、大きな車はちょっと心配。

 

 

細い道を進むと、「←中言神社」の看板と、吉原児童遊園という公園が見えてきます。

 

これを左に曲がると、

奥は畑と名草山で行き止まり。右手側に中言神社があります。

 

神社の後ろは、名草山です。

江戸時代後期に編纂された紀伊国名所図会では現在よりも立派に書かれているようですが、第二次大戦で社殿が焼失したため、小さな社に姿を変えました。

中世以降、名草群の産土神、地主神であり、一の宮として尊敬されていたようです。

 

 

 

 

では、お参りへ・・・。

右が社務所、左が舞殿。

訪れたのが夕方だったので、誰もいませんでした。

 

 

社務所にかけられてあった額。

「へー、名草姫、劇になったんやぁ・・・」と驚いた。

 

 

ユーチューブに、劇団ZEROの「名草姫」PVがあったので、貼っておきます。

 

 


中言神社の舞殿にて、劇が奉納されたようです。

 

 


紋は稲穂でしょうか?

 

 

写真右が天満大神社。写真左が名草姫を祀る社です。

 

 

左が八王子社、写真右奥(木でちょっと隠れている)が名草彦社。

 

 

神社名にもなっている「中言」とは、「神と人との間を取り持つ」という意味であり、名草姫は巫女、名草彦は政治をつかさどる男性で、夫婦神なのだそうです。

 

 

もう一度、名草一族が神奈備として信仰していた、名草山の写真を貼っておきます。

吉原の中言神社は写真の左手側(北)に、黒江の中言神社は写真の右側(南)にあります。

 

名草戸畔(ナグサトベ)がいなくなった後、紀氏が紀伊国造となり、2600年以上【日前宮(にちぜんぐう)】を守ってきましたが、日前宮での祭司には今でも名草山で採った榊(さかき)が用いられているそうです。

 

 

 

今から6,000~5,000年前(?)もの大昔から、名草で繁栄していた名草一族。

そこにある日、イワレヒコらがやってきた。

双方争いは避けられず、イワレヒコらは名草山周辺でナグサトベらと戦い、紀伊半島を南下してニシキトベらと戦い、ヤタガラスに案内されてヤマトの橿原へ入ります。

そこには、すでに同族のニギハヤヒがいてナガスネヒコの妹と結婚し、子供もいました。

ニギハヤヒはナガスネヒコを説得しましたが、改心しないと諦めて殺し、同族のイワレヒコらにつきました。(ナガスネヒコ自殺説もある。ニギハヤヒは、イワレヒコのひいおじいさんの兄にあたるので、この時代に生きていたら驚異的な長寿になるため、このニギハヤヒとは子孫や同族かもしれない)→→ニギハヤヒとナガスネヒコは、【三上山、御上神社】の記事に書きました。

 

 

イワレヒコは橿原にて神武天皇として即位。(ちなみに天皇という名前を使いだしたのはもっと後の第40代の天皇「天武天皇(てんむてんのう)」である。天武天皇は、古事記と日本書紀の編纂を命令した人。→→【奈良公園①】の記事に書きました

 

 

神武天皇(イワレヒコ)以降ずっと皇統が続き、今上天皇(平成天皇)で125代目。

今年(2018年。平成30年)は、皇紀2,678年で、世界最古・最長の王室となっています。

 

 

「歴史にif(もしも)はない」と言いますが、もしもイワレヒコが東征せず、ヤマトの橿原で即位せず、後に「ヤマト王権」が作られなかったら・・・、もしも皇統が途絶えていたら・・・。

 

日本は、今とは全く違う姿になっていたのかもしれません。

 

 

→→【皇居見学】の記事はこちら・・・東京都。皇居は天皇陛下がお住まいになられていますが、決められたルートのみ、ガイド付きで参観できます。

 

 

天皇家のルーツはいろんな説(宇宙人説、半島人説、ユダヤ人説など)がありますが、和歌山市の歴史評論家でコンサルタントの落合 莞爾(おちあいかんじ)さんの著書も面白いのでオススメです。


(なかはらさんの本は読みやすかったですが、落合さんの本は複雑で、一回読んだだけでは理解できない・・・。繰り返し読むのをオススメします。ヴュルム氷期(最終氷期)以前に成立した社会があり、族種・文明に地域性なく一つの先史文明(ウバイド)を完成していた旧人類の末裔が天皇で、大きな役割を持っているのだそうです。落合さんは【南朝黒木御所跡と供養塔】でちょっと書いた「護良親王」の次男の子孫であると自称しています)

 

 

 

さて、ナグサトベの話に戻りますが、私は和歌山市で生まれ育ち、結婚して関東に引っ越すまでの27年間暮らしましたが、このような伝承があるなんて、全く知りませんでした。

 

 

私は、なかひらさんの本を読み、自分の先祖に興味を持ったので、両親にきいてみたところ、

父「ずーーっと打田町におったらしいで。え? いつから打田にいたかって? 江戸時代くらいちゃうかなぁ?」

母「しらんなぁ。興味もないからきいたことないなぁ」

との返事で、詳しく知ることができなかった(^_^;)

 

 

おお・・・、私の先祖は、いったい、どこで、なにをしていたのだろう???

すごく気になる・・・。

 

 

一万年前に生きていた私の先祖は、ひょっとしたらあなたの先祖と同じなのかもしれない。

 

 

今、この記事を読んでいるあなた!

ご先祖様の話や、里の伝承など、聞いてみてはいかがでしょうか。

面白い話が出てくるかもしれません。

 

 

最後に、なかひらまいさんが書かれた名草戸畔 古代紀国の女王伝説から、私が胸打たれたところを紹介します。

都市化によって古い時代と切り離されて生きてきた私から見れば、うらやましく映る。なぜなら、「ナグサトベやナガスネヒコを現実から切り離した世界」と「ナグサトベの時代から現代の自分まで連綿と命が繋がっている感覚を維持している世界」では、後者の方がずっと心が豊かに思えるからだ。

 

今を生きる自分と、ずっとずっと昔の先祖の繋がりを感じる・・・、それはとても素晴らしいことだと思います。

 

先祖を敬うことは、自分を大切にすることであるし、子供を大切にすることにつながるし、周りの人をも大切にすることにつながります。

そして、周りの自然環境や資源は、私たちのものではなく、子孫から借りているものだとの意識も生まれるのだと思います。

 

 

・周りの人を大切にし、仲良く暮らす

・自然環境を、大切にする

この二つは、いつの時代に生きようとも変わらない「人の道」であると思います。

 

 

 

さて、次は、宇賀部神社(うかべじんじゃ)を紹介します。

ナグサトベが死んだ後、遺体は頭・胴体・足の3つに切断され埋められたと書きましたが、宇賀部神社には頭が埋葬されています。

 

なんと、この神社は、終戦後、ルバング島で30年間も戦っていた小野田 寛郎(おのだひろお)さんの実家です。(小野田さんは小野田家の分家で、神社の宮司は本家が継いでいる)

前回の【竈山神社(かまやまじんじゃ)】からは車で19分、吉原の中言神社からは22分離れています。

 

 

ちなみに、中言神社(または竈山神社)から宇賀部神社の間には、武内宿祢(たけのうちのすくね)誕生ノ井があります。

車を走らせているときに「あっ!」と思ったのですが、車を停めるスペースがなかったため、通り過ぎました。

武内宿祢は、紀氏の祖先です。

興味のある人は、こちらにも寄ってみては…と思います。

 

 

では、次の記事で宇賀部神社を紹介したいと思います。

 

関連記事

→→【古代紀国の女王。和歌山にいた三人のトベ】 神武天皇に誅された縄文の女王

→→【名草戸畔(なぐさとべ)】「日本人」は単一民族ではない。土着民と渡来人が、時には争いながらも融合した「和」の国だった

→→【日前宮(にちぜんぐう)】の記事はこちら・・・ナグサトベ亡き後、紀氏が治めた。2600年以上の歴史があるお宮で、摂社に中言神社がある。

→→【晴天時の和歌浦】 昔はもっともっと、も~~~~っと綺麗だったはず!!!・・・名草山が良く見えるのは、和歌浦の観海閣です。

交通アクセス

和歌山バス亀川経由海南藤白行きに乗り、南吉原で下車。徒歩5分。

車で行く場合、駐車場はありません。

近くの宿泊施設

紀三井寺温泉花の湯 ガーデンホテルはやし。名草山の西にある紀三井寺駅出てすぐです。

お得で便利な、旅の予約サイト

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執筆者:チョットnow


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