【三上山、御上神社】 近江冨士とも言われる三上山(みかみやま)はピラミッド? 原倭国(近畿政権)の中心だった伊勢遺跡とつながりがある

前回からの続きで、滋賀県の琵琶湖一周旅の五日目です。

【水のめぐみ館 アクア琵琶】の次は、ピラミッド説のある「三上山(みかみやま)」へと向かいました。

→→2018年5泊6日滋賀県琵琶湖一周旅行記の行程はこちら・・・レンタカーを利用して、5泊6日で27か所を巡りました。

参拝記

前回の【水のめぐみ館 アクア琵琶】から、三上山まではひたすら北東へ車を走らせ、25分で到着です。

 

突然、目の前にデカイ山が。

「んー!? なんか存在感のある山があるけど、あれかな???」

と、助手席の息子に写真を撮ってもらいました。

 

 

 

やったらデカイな~~~~。うん、あれが三上山だなー」

と、圧倒的な存在感に確信を持つ。

三上山(みかみやま)は、標高432mあり、「近江富士」とも言われています。

 

 

三上山の場所は、赤い風船の所。米原から反時計回りにスタートした琵琶湖一周旅も、残り3分の1といったところ。

 

 

 

 

まずは、三上山を神体山と祀る御上神社(みかみじんじゃ)へ・・・と行きたいところですが、喉が渇いていたので、御上神社の近くにあるローソンへ飲み物を買いに行きました。

この写真は、ローソンの裏で撮ったもので、三上山の山頂は、二つあるコブのうち左側です。

 

 

 

御上神社から見ると、三上山が二つのコブのように見えるので、野洲川(やすがわ。琵琶湖への流入河川では最長)大橋あたりから見ると、キレイです。

(もう一度、野洲川大橋から見た三上山の写真を貼っておきます)

 

 

三上山はハイキングコースが整備されているので、山頂に上ることができますが、今回は時間が足りなかったし、3歳の子連れなので断念。

山頂には、神様が宿ると言われている磐座と御上神社の奥宮があるようです。(隣の鏡山にも磐座があるらしい)

 

 

では、三上山麓の御上神社(みかみじんじゃ)へ。何度も言いますが、この神社の神体は、三上山です。

 

駐車場から近いのがこの白い鳥居なのですが、この鳥居をくぐらずに道沿いに左にぐる~~~~っとまわると、

ちょっと古い鳥居があります。

この鳥居から伸びる長い参道の延長に、神体山の三上山があるので、こちらから入ってみてはいかがでしょうか。

 

 

古い鳥居の参道横にあったのが、「神武天皇遥拝所」。

 

 

境内の磐座。

 

 

手水舎。

 

 

楼門。重要文化財です。

 

 

拝殿。こちらも重要文化財です。

 

 

拝殿を横から見た所。旧本殿の部材を再利用して建立されているようです。

 

 

拝殿の奥に本殿。国宝です。鎌倉時代後期の建立と推定されているようです。

本殿の祭神は、天照大神の孫の天之御影命(あめのみかげのみこと)。

 

(ウィキペディア・御上神社から抜粋)

饒速日命(ニギハヤヒ)のほか、天児屋命ら32神で天孫降臨した際、天之御影命は三上山の山頂に降臨した後、天之御影命の子孫である御上祝が三上山を神体(神奈備)として祀ったのに始まる(孝霊天皇年間に創建とも言われているが、天孫降臨は初代天皇の神武天皇が即位する以前(神武天皇が即位するために神武東征を行ったのが45歳の時)であり、続柄としても天之御影命は神武天皇の3代先祖、瓊瓊杵尊の従兄弟である)。

御上祝は、天之御影命の嫡流の三上氏であり、御上神社の祭祀は三上氏が執り行ったとされ、山背国造や凡河内国造、菅田神社の菅田首、竹田神社の近江蒲生氏(蒲生稲置)、多度大社の桑名首他、天津彦根命・天之御影命後裔氏族は三上氏から別れた庶流氏族であるが、広義で三上氏に含む表記をする場合もある。

明治から昭和にかけての発掘調査では三上山ふもとの大岩山から24個の銅鐸が発見されており、三上山周辺では古来から祭祀が行われていたと考えられている。

養老2年(718年)、藤原不比等によって神武天皇遥拝所のあった三上山麓の現在地に社殿が造営されたという。

 

ニギハヤヒは、イワレヒコ(後に初代天皇の神武天皇になる)が東征してヤマト(奈良)に訪れる前に、すでにその土地に来ていた同族です。

この時、ヤマトには土着の豪族であるナガスネヒコがいて、その妹をめとったのがニギハヤヒでした。

ニギハヤヒ&ナガスネヒコが統治していたヤマトに、ある日、神武天皇一行が東征してきて、ナガスネヒコは神武軍と戦います。(この辺りは私の故郷である和歌山に多くの伝承が残っています。神武天皇の兄であるイツセノミコトが死んで葬られた【竈山神社(かまやまじんじゃ)】や、神武軍と戦った土着の女首長ナグサトベ、ニシキトベ等です。→→【ナグサトベの記事はこちら】

ナグサトベ、ニシキトベを討った神武軍は、ヤタガラスの導きにより、ヤマトの地へ入ります。

 

自分の領地にやってきたイワレヒコ(後の神武天皇)に、ヤマトの土着豪族であるナガスネヒコは尋ねました。

「昔、天つ神の子が天の磐船に乗って降臨した。名をニギハヤヒという。私の妹のミカシキヤヒメを娶わせて、ウマシマジという子も生まれた。ゆえに私はニギハヤヒを君として仕えている天つ神の子がどうして二人いようか。どうして天つ神の子であると称して、人の土地を奪おうとしているのか」

 

これに、イワレヒコ(後の神武天皇)は答えます。

「天神の子は多くいる。もし、お前が仕えている人が天神の子なら、必ず天のしるしのものがあるから、それを示しなさい」

 

ナガスネヒコがニギハヤヒの天の羽羽矢(ははや)などを見せると、神武はそれが偽りでないのを認め、自分も同じものを示しました。

イワレヒコとニギハヤヒは、同族だということです。

 

ナガスネヒコは恐れ畏まりましたが、改心することはなかったため、間を取り持つことが無理だと知り殺されました。(ナガスネヒコ自死説もある)

 

この後、イワレヒコは奈良の【橿原神宮(かしはらじんぐう)】にて、初代天皇として即位しました。(令和の天皇陛下は、神武天皇から126代目。【皇居見学】の記事はこちら

 

 

ニギハヤヒは、物部氏、穂積氏、熊野国造らの祖神とされているようです。

 

 

興味のある方は、神武天皇よりも先に来ていたニギハヤヒについて、いろいろ調べてみてはいかがでしょうか。

話を戻しますが、御上神社の御祭神「天之御影命(あめのみかげのみこと)」は、約二千数百年前にニギハヤヒを守っていた三十二人のうちの一人で、今も御上神社の祭祀を執り行っている三上氏はその子孫です。(私は和歌山市出身ですが、2600年の歴史がある和歌山市の【國懸神宮】も天之御影命を祀っており、「鍛冶刀工の祖神」とされています

ニギハヤヒ ウィキペディア・・・ニギハヤヒ降臨に随伴した32人について載ってあります。

 

 

また、天之御影命の娘に「息長水依比売(おきながみずよりひめ)」がいるのですが、古代豪族和邇(わに)の日子坐(ひこいます)がめとって間に生まれたのが、丹波比古多々須美知能宇斯王(丹波の美知主)、水穂の真若王、神大根の王、 水穂の五百依比売(いおよりひめ)、御井津比売(みいつひめ)。


悲劇文学の発生・まぼろしの豪族和邇氏 /角川源義より拝借)

 

古事記を舞台にした氷室冴子さんの「銀の海 金の大地」を読んだことのある人には、ピンとくる名前ばかりですね。ちなみに、主人公の真秀が暮らす野洲(やす)は、この辺りであるようです。

→→【再販希望! 子供の頃、ハマっていた本】の記事はこちら・・・氷室冴子さんの「銀の海 金の大地」を紹介しました。

 

 

三上山の近くには、弥生時代後期の「伊勢遺跡」があります。

伊勢遺跡の面積は約30万㎡で、弥生時代後期としては国内最大級の遺跡なのですが、現在は粗末な看板しかありません。

伊勢遺跡の東側は広大な祭祀場となっていたようで、三上山も関係していたのでは・・・と思います。

 

また、三上山ふもとにある大岩山からは、弥生時代後期に作られた24個の銅鐸が発見されており、一ヶ所から見つかった銅鐸の数としては、島根県の加茂岩倉遺跡の39個に次いで多い数で、大岩山の銅鐸には日本最大の銅鐸が含まれているのだそうです。

・・・三上山周辺は、重要な祭祀場だったのでしょうね。

 

→→ヤマト王権の形成を主導した近畿政権・・・江南部(野洲川下流域)に近畿政権の中核があると推定。具体的には近畿政権の祭祀空間は伊勢遺跡にあった。伊勢遺跡は1世紀末頃に、なにも無い所に突如現れて巨大化し、弥生時代後期末(2世紀末)の卑弥呼が共立される頃に、平和裏に(災害や破壊でなく)終息する。3世紀前半に纒向(まきむく)遺跡が突如現れ、初期ヤマト王国がスタート。

近江南部にあった国の王が誰かは分かりませんが、近畿政権の代表として後漢書に「倭国王帥升」と書かれる可能性も考えられます。30余国は連合していくつかの地域政権を形成していましたが、より大きな統合に向けて競合し、やがて、倭国大乱となり相攻伐することになったようです。

国々は戦いを収束するために、協議して一女子を立てて王とします。協議する場所は、共同で建設した祭祀空間、伊勢遺跡が最もふさわしい所です。

倭国大乱を収めるためには、これまでのしがらみのない新しい政治・祭祀システムが必要とされ、共立した卑弥呼(ひみこ)は新しい土地を求めたのではないでしょうか。そこが大和の纒向(まきむく)であったのでしょう。

野洲川下流域の弥生遺跡を見てきた立場としては、大和に「倭国」が成立する前段階の原倭国は近畿政権と重なるものであり、その中心部は伊勢遺跡を祭祀空間とする近江南部ではないかと考えています。 卑弥呼を共立した近畿政権の中枢は大和に移り、原倭国の首脳部集団は大和の山野辺の道・上ツ道に沿って、各自のムラを築きました。それらは、和邇(わに)、丹波、倭(大和)、尾張、出雲、吉備、息長(おきなが)の名前を持つムラです。
大和にヤマト王権が確立された後も、野洲川下流域はヤマト王権との密接な関係を保ち、栄えていきます。

 

昔々の近畿では、30余りの国々が統合されていく中で争いが起こったので(倭国大乱)、争いを治めるために卑弥呼(ひみこ)を共立。その協議が行われた場所が伊勢遺跡であり、そこを近畿政権が祭祀空間とした、と書かれてありますね。

卑弥呼の墓だとされる箸墓(はしはか)古墳と、伊勢遺跡の次に栄えた纏向遺跡はまた後日紹介します。(ここも伊勢遺跡と同じく、看板だけの寂しい遺跡でした)

 

 

さらに驚きなのですが、御上神社のご神体である三上山は、「御上神社沿革考」によると、天照大神の父母神である、伊弉諾命(イザナギノミコト)と伊邪那美命(イザナミノミコト)の墳墓である、と伝えているようです。

 

 

このあたりは、各地に伝承がありますね。

イザナギノミコトの終焉の地は、淡路島の【伊弉諾神宮(いざなぎじんぐう)】とも言われていますし、イザナミノミコトの終焉の地は、熊野の【花の窟・花窟神社】や、出雲地方の比婆山(ひばやま)とする説もあります。

 

イザナギ・イザナミの国生み神話は、【おのころ島神社】の記事に書いたのでご覧ください。

 

 

 

三上山・・・、イザナギ、イザナミの墳墓なのでしょうか。人工的なピラミッドであるとする説もあるようですが・・・、どうなのでしょう???

 

 

「形」でいうと、私が見た中で、美しいピラミッド形をしていた山は、秋田県のクロマンタでした。

→→【黒又山(クロマンタ)】の記事はこちら・・・「日本でもっとも美しいピラミッド」と言われる謎の山。龍蛇信仰があり、大湯環状列石とつながりがあるらしい。

 

 

先日書いた【日吉大社 奥宮】の金大巌(こがねのおおいわ)は、この三上山を向いているとする説もあるようですし、ピラミッドかどうかわかりませんが、なんだか三上山は謎めいていますね。

 

 

天之御影命を祀る国宝の本殿の左には、摂社の若宮神社本殿。ご祭神はイザナギノミコト、菅原道真公の他、天石戸別命、天御鉾命、野槌之命を配祀。

本殿の右側には、摂社の三宮神社。ご祭神は、瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)。ニニギノミコトは、神武天皇のひいおじいさんに当たる方です。御上神社本殿の祭神である「天之御影命」は、ニニギノミコトの従兄弟にあたるそうです。

 

 

御神輿も見れます。

 

 

御上神社の拝殿・本殿と、ご神体山である三上山(写真右上)。

 

三上山の山頂と、その北東にある太郎坊宮(阿賀神社)を結ぶと、夏至の日の出線・冬至の日没線とぴったり重なるそうです。

 

 

・・・というわけで、次は太郎坊宮(阿賀神社)を紹介します。

阿賀(あが)神社の御祭神は、アメノオシホミミ。

この神様の名前は、【花の窟・花窟神社】の記事で出てきましたね。

天照大神とスサノオが誓約をした際に生まれた神様の一人で、天孫降臨したニニギノミコトと、アメノホアカリ(先ほど書いたニギハヤヒと同一人物?)のお父さんにあたる方です。

 

天照大神から下界に行けと言われたけれども、「下界が騒がしいから降りるのはちょっと・・・(引き返した)。代わりに息子のニニギよ、行っておいで」と進言した方です。

 

 

次の記事はこちら

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前回の続きで、琵琶湖一周旅五日目の行程です。 【水のめぐみ館 アクア琵琶】で豪雨体験→【三上山、御上神社】でピラミッド?を見る→【道の駅 竜王かがみの里】で昼食の次は、パワースポットとして有名な阿賀神社(あがじんじゃ)です。 →→2[…]

 

(この旅行記は2018年です)

 

関連記事

→→2018年・春  滋賀県琵琶湖一周 5泊6日旅行の行程・・・この旅行の行程まとめ。

 

 

日本神話について書いた記事です。

→→【おのころ島神社】 夫婦神が国生みをした「日本発祥の地」と言われる丘にある

→→【花の窟・花窟神社】世界遺産。神々の母である伊弉冊尊(イザナミノミコト)が葬られた御陵

→→【竈山神社(かまやまじんじゃ)】 西国三社参りの一つ。戦死した神武天皇の兄「五瀬命(イツセノミコト)」の墓がある

 

日本のピラミッド?

→→【黒又山(クロマンタ)】 「日本でもっとも美しいピラミッド」と言われる謎の山。龍蛇信仰

→→【大石神ピラミッド】 青森に五万年前のピラミッド!? ピラミッドはお墓ではないらしい

 

 

氷室冴子さんの「銀の海金の大地」についてはこちら

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→→【狭岡神社(さおかじんじゃ)】 狭穂姫(さほひめ)伝説を残す神社。「銀の海 金の大地」の佐保姫のモデルとなった、悲劇の巫女姫

交通アクセス

公共交通機関で行く場合、野洲駅南口から滋賀交通バス北山台団地行に乗車、10分。「御上神社前」バス停で下車。徒歩3分。

車で行く場合、無料駐車場があります。

近くの宿泊施設

ベッセルイン滋賀守山駅前。

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