【多賀大社】 多賀神社の総本社。お多賀さんの絵馬は、オタマジャクシの語源? 名物の「糸切り餅」を味わう

前回の続きで、琵琶湖一周旅です。
琵琶湖一周旅の記事は、残り2記事!

→→2018年5泊6日滋賀県琵琶湖一周旅行記の行程はこちら・・・レンタカーを利用して、5泊6日で27か所を巡りました。

参拝記

【河内の風穴】の後、彦根城に行く予定だったのですが、河内の風穴駐車場のおばあさんから「お多賀さんにも寄ってって~。糸切餅っていう名物お菓子もあるから」と教えられ、多賀大社へ向かいました。

 

多賀大社は、全国に二百数十社ある多賀神社の総本社です。

 

広大な境内図。

 

 

多賀大社の駐車場は無料です。平日の昼頃に訪れたのですが、駐車場がけっこう埋まっていたので、祝日は混むのではないでしょうか。

 

 

手前に映っているのが、太閤橋。

太閤とは、豊臣秀吉のことです。

 

→→【長浜城】の記事はこちら。大出世した秀吉の出身が謎・・・秀吉が初めて築城したのが長浜城。

 

多賀大社は長寿祈願の神様として信仰されており、秀吉は「3年、それがだめなら2年、せめて30日でも」と母親の長寿を祈願し、それが叶えられたので、この橋と多くの謝礼を寄進したそうです。

太閤橋の後ろに移っている桜は、夫婦桜です。

 

 

では、御神門をくぐりましょう。

 

 

多賀大社の創建は不明で、もともとはこの地一帯を支配していた豪族、犬上君の祖神を祀ったことにより始まるそうです。

御祭神は、イザナギノミコトとイザナミノミコト。
国生みをした神様ですね。

【おのころ島神社】 夫婦神が国生みをした「日本発祥の地」と言われる丘にあるの記事に、国生み神話を書いたのでご覧ください。

多賀大社の社務所で購入した古事記の本には、「イザナギノミコトが長く住んだのは、淡海の多賀大社とも、淡路の伊弉諾(いざなぎ)神宮とも言われています」と書かれていました。

 

この根拠は、「古事記」の写本の一つである真福寺本に「故其伊耶那岐大神者坐淡海之多賀也。」「伊邪那岐大神は淡海の多賀に坐すなり」(いざなぎのおおかみは あふみのたがに ましますなり)との記述があるからなのですが、これは淡路と淡海の誤写によるものだそうです。

 

日本を生んだ父神であるイザナギノミコト終焉の地は、やはり、以前訪れた、淡路島の【伊弉諾神宮(いざなぎじんぐう)】であるようです。

 

 

しかし、淡路と淡海の間違えであったというのはこれで二つ目ですねぇ。

 

 

一つ目は、淡路廃帝といわれた淳仁天皇は、淡路ではなく淡海に流されたとする伝説。

【奥琵琶湖 菅浦の湖岸集落散策】 淡路廃帝・淳仁天皇の御陵と、琵琶湖の古代遺跡の記事はこちら・・・淳仁天王は淡路で殺されず、淡海に流されたとする言い伝えがあり、集落の方々はずっとお墓を守ってきました。

 

そして、もう一つが、イザナギノミコト終焉の地は、淡路の伊弉諾神宮か、淡海の多賀大社か。

 

 

淡路島(淡路)琵琶湖(淡海)の形は、そっくりなのはなんだか神秘的なものを感じますが、淡路と淡海、間違えるかなぁ?(^_^;)

 


 

ちなみに、多賀大社の絵馬は、シャモジ型です。

これは、多賀杓子(たがじゃくし)と言って、元正天皇の病気平癒を祈念して、多賀社の神官が強飯(こわめし)を炊き、シデの木で作った杓子を添えて献上したところ、元正天皇の病が全快したことにちなむもので、無病長寿の縁起物として信仰を集めたそうです。

 

【河合神社】や、【慈尊院のオッパイ絵馬】など、変わった形の絵馬が奉納されていると、目をひきますね。

 

ちなみに、お多賀杓子(たがじゃくし)は、おたまじゃくしの語源ともいわれているそうです。(諸説あり)

 

 

別の角度から、拝殿の写真をもう一枚。

 

 

拝殿の右手前には、寿命石があります。

 

(以下、ウィキペディアより抜粋)

鎌倉時代の僧である重源に以下の伝承がある。
東大寺再建を発念して20年にならんとする齢61の重源が、着工時に成就祈願のため伊勢神宮に17日間参籠(さんろう)したところ、夢に天照大神が現れ、「事業成功のため寿命を延ばしたいなら、多賀神に祈願せよ」と告げた。
重源が多賀社に参拝すると、ひとひらの柏の葉が舞い落ちてきた。見ればその葉は「莚」の字の形に虫食い跡の残るものであった。
「莚」は「廿」(「卄」を異体字とする。wikt:廿参照。)と「延」に分けられ、「廿」は「二十」の意であるから、これは「(寿命が)二十年延びる」と読み解ける。
神の意を得て大いに歓喜し奮い立った重源は以後さらに20年にわたる努力を続けて見事東大寺の再建を成し遂げ、報恩謝徳のため当社に赴き、境内の石に座り込むと眠るように亡くなったと伝わる。
今日も境内にあるその石は「寿命石」と呼ばれる。

奈良の東大寺を再建したお坊さんは、お多賀さんに延命してもらい、この石に座り込んで亡くなったのですね・・・。

 

重源や元正天皇が延命したことから、延命長寿・無病長寿の神様として多賀大社は信仰を集め、先にも書いたように豊臣秀吉も篤く信仰しました。

 


 

境内にはたくさんの摂社末社があり、これはその一つ、金咲稲荷大明神。

金運に御利益があるようです。

 

 

訪れたのが三月末で、枝垂れ桜が満開でした。

 

 

桜の淡い色が、青空に映えますね。

 

 

 

多賀大社境内には、「寿命そば」がいただけるお店があります。

水曜日が定休日で、価格は600円から900円程。

 

私達はこちらでお蕎麦を食べずに、門前町の「糸切餅(いときりもち)」を食べに行きました。

 

 

門前町。

いろんなお店がある中で、元祖莚寿堂本舗に入りました。

 

 

こちらが、多賀名物 糸切餅(いときりもち)。お茶付きで、2個100円。

【河内の風穴】駐車場のおばあちゃんが奨めてくれたお菓子です。

昔、蒙古(もうこ)襲来で神風が吹き、二度も蒙古軍を退けたことから、平和を喜んだ多賀町の人たちが、餅に蒙古軍の旗印の赤青三筋の線を書いて、弓のつるで切って御神前におそなえしたことに始まるそうです。

 

蒙古来襲の時、全国各地の寺社が一斉に外敵撲滅祈祷を行い、多賀大社もこのうちの一つでした。元寇来襲時に朝廷が外敵撲滅祈願をしたのは、伊勢神宮外宮と諏訪大社の2社だったそうです。

→→伊勢神宮外宮の記事はこちら(三重県。お伊勢参りは外宮から)

→→諏訪大社の記事はこちら(長野県。全国の諏訪神社の総本社で、諏訪湖周りの4社をいいます)

 

 

 

甘いものを食べてエネルギーチャージした後は、再び駐車場へ。

駐車場側には、神輿庫があるので、ぜひご覧ください。

 

 

次は、国宝の彦根城へ向かいました。

多賀大社からは、車で17分ほどの距離です。

 

次が、琵琶湖一周旅、最後の記事です!

 

次の記事はこちら

米原駅から始まった、琵琶湖一周旅もこれが最後です。 最終日の行程は、 【河内の風穴】・・・55万年以上前にできた日本で三番目の長さの鍾乳洞 【多賀大社】・・・全国にある多賀神社の総本社で延命長寿にご利益がある […]

 

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→→【伊弉諾神宮(いざなぎじんぐう)】 国生みの父神イザナギノミコト終焉の地・・・多賀大社はイザナギノミコト終焉の地との伝承もありますが、淡路島にもあります。

→→【河内の風穴】・・・前回の記事。多賀大社から車で20分ほど。55万年以上前に形成された洞窟です。

交通アクセス

公共交通機関で行く場合、多賀大社前駅から徒歩10分。
車で行く場合、無料駐車場があります。

近くの宿泊施設

ホテルサンルート彦根。彦根駅出てすぐ。

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