【神田明神】 皇居(江戸城)の鬼門(北東)を守護している江戸総鎮守。平将門の祟りとは・・・

二つ前の記事で日枝神社  皇居(江戸城)の裏鬼門(南西)を守護しているの記事を書いたので、次は皇居の鬼門(北東)を守っている神田明神を取り上げたいと思います。

私達が訪れたのは2007年の夏でした。

参拝記

御茶ノ水駅(聖橋口)より徒歩5分で、神田明神に到着です。

鳥居。

 

 

随神門。

昭和50年に昭和天皇御即位50年の記念として建立されました。

神田明神は、東京~神田、日本橋、秋葉原、大手町・丸の内など108の町々の総氏神様です。

神田明神は、皇居(江戸城)の鬼門(北東)を守護しています。

 

江戸幕府を開いた徳川家康は、天海僧正からのアドバイスを受け、陰陽五行説にある「四神相応」の考えを元にして、江戸城を中心に結界を張りました。

江戸を大都市にした天海は、何を仕掛けたのかに詳しく載っています。

 

 

 

 

随神門をくぐりましょう。


 

 

手水舎。

 

 


 

 

御神殿。

ご祭神は、大己貴命、少彦名命、平将門命。

 

創建は730年ごろで、もともと出雲系の氏族が、大己貴命を祖神として祀ったのが始まり。

 

1309年に平将門の祟りから供養が行われ、平将門命が相殿神となりました。

 

もともと千代田区大手町付近にありましたが、江戸時代に「天海」が江戸城の鬼門を守護するため、現在地に移しました。

 

後の1874年(明治7年)、明治天皇が行幸するにあたって、天皇が参拝する神社に「逆臣である平将門が祀られているのはあるまじきこと」とされ、平将門が祭神から外されて、代わりに少彦名命が茨城県の大洗磯前神社から勧請されました。

 

平将門は戦後1984年(昭和59年)になって、本社祭神に復帰したそうです。

 

 

 

平将門について簡単に説明。

・平安時代後期に活躍。天皇の血を引く平氏の武士・豪族だった。
・平安京から離れた関東では、地方行政を任された国司が悪事をやりたいほうだい。ガマンならなかった将門は「八幡神からお告げを受けた」として、京都の朝廷朱雀天皇に対抗して「新皇」を自称し、関東の独立を図り、朝敵となる
・しかし即位後わずか2か月たらずで藤原秀郷、平貞盛らにより討伐された。
・京都の七条河原に首がさらされたが、何ヶ月たっても腐らず、生きているかのように目を見開き、夜な夜な「斬られた私の五体はどこにあるのか。ここに来い。首をつないでもう一戦しよう」と叫び続けた・・・らしい。(数ヶ月首が腐らなかったとする説がある一方で、三日後に首が空を飛んだとする説もある)
・さらし首は故郷の関東を目指して空高く飛び去り、大手町の一角に落ちた。→将門の首塚ができる。
平将門の祟りから供養が行われ、神田明神の相殿神となる。
・中世になって武士の尊敬を集め、平氏も源氏も崇敬。太田道灌・北条氏綱等の武将が武運祈願。関ヶ原の戦いの際には徳川家康が戦勝祈祷。
・江戸時代になり、天海が江戸城の鬼門の守護として現在の地に移す。江戸幕府から江戸の総鎮守とされる。
・「朝敵」「逆賊」とされていたが、朝廷の横暴な支配に敢然と立ち向かい、新皇に即位して新たな時代を切り開いた英雄として大河ドラマなどで扱われる。

(→平将門ウィキペディアに詳しく載っています)

 

 

大手町の将門の首塚について。
・関東大震災後、首塚を壊して大蔵省の仮庁舎を建設。その後2年間で、大蔵大臣を始め関係者14名が亡くなった。
・さらに戦後、米軍が首塚の取り壊しを計画。重機運転手が横転、死亡し、工事を中止。
・首塚は、現在も、将門の祟りがあると恐れられている。

 

将門の首塚の祟りおそろしや~と思ったのですが、この地はかつて盛土と内部に石室ないし石廓とみられるものがあったので、「古墳であった」と考えられているそうです。

将門の首が本当に落ちたのかどうかわかりませんが、首塚の場所は「古墳時代から何か大事な役割を担う地だった」のかもしれませんね。

 

 

栃木県の宇都宮二荒山神社は、平将門を打つ剣を与えました。

 

 

平将門(神田明神の祭神の一人)、菅原道真(天満宮の御祭神)、崇徳天皇は、日本三大怨霊と言われています。

→→【「怨霊になった天皇」を読んだ】の記事はこちら・・・「人を恨んではいけない」が、日本最大の怨霊・崇徳天皇からのメッセージだそうです。
→→【北野天満宮】の記事はこちら・・・天満宮・天神社の総本宮。学問の神様で三大怨霊の菅原道真を祀る。京都にあります。

 

 

 

だいこく様尊像。

石造りとしては日本一の大黒像として建立されたそうです。

大黒様は、神田明神一宮に祀られている大己貴命と同じです。

大己貴命は、スサノオの子孫で、出雲大社のご祭神。

縁結びの神として有名ですね。

 

 

 

出雲の神話、「因幡(いなば)の白兎(うさぎ)」かな?

 

 

 

えびす様尊像。

恵比寿様は、二宮に祀られている「少彦名命」と同じです。

 


 

御社殿の左となりにある鳳凰殿でお守りの授与をして頂けます。

 

 

 

鳳凰殿。

豪華ですね。

 

こち亀コラボのお守りと絵馬を授与して頂けるそうです。

面白いのがIT情報安全守護。基盤のようなオシャレなお守りで、コンピューター、携帯電話のお守りだそうです。

神田明神 授与品一覧で見れます。

 

 

 

境内には銭形平次の顔出しパネルがありました。
ほかに「銭形平次の碑」もあります。

なぜ神田明神にあるのかというと、平次親分が神田明神下台所町の長屋に、恋女房お静と2人で住んでおり、明神界隈を舞台に活躍していたからなのだそうです。

 

 

 

私達が神田明神を訪れたのは、神前結婚式の見学のためでした。

同じ境内にある明神会館で準備をし、神田明神の神殿で神前式結婚式を挙げれます。

 

・・・が、私も夫も、源氏家系かもしれず(おそらく農民でしょうが)、

「平将門が祀られているしなぁ・・・。いいのかなぁ・・・」

と思ってしまい、後に東京大神宮で挙式しました。

 

 

源氏の崇敬も集めた神社なので、あまり気にする必要がないのでしょうけれどね。

東京大神宮の記事はこちら(千代田区)神前結婚式の創始です。

 

 

 

神田明神の朱塗りの神殿での挙式は、さぞ華やかなことでしょうね。

神前結婚式は、ハナユメ(旧・すぐ婚navi)で、いろんな結婚式場・神社の見学予約ができますので、比較検討してみてはいかがでしょうか。

 

ウィキペディアで調べて知ったのですが、神田明神を崇敬する者は成田山新勝寺を参拝してはいけないというタブーが伝えられえているそうです。

朝廷に対して叛乱を起した平将門を討伐するため、僧・寛朝を神護寺護摩堂の空海作といわれる不動明王像と共に現在の成田山新勝寺へ遣わせ、乱の鎮圧のため動護摩の儀式を行わせたことによるもので、即ち、新勝寺参拝は将門を苦しめるとされるため。

 

成田山に参拝すると、将門の加護が受けられないという言い伝えがあり、今も参詣しない人が多いのですね。

 

 

神田明神は、日本三大祭でもあり江戸三大祭の一つでもある「神田祭」が毎年5月中旬に行われることでも有名です。

 

 

すごく混雑するでしょうが、いつか神田祭を見たいな~~と思っています。

 

 

次は皇居東御苑(旧江戸城)を取り上げます。

 

関連記事

旧・江戸城と天海が関わった神社仏閣。

旧・江戸城本丸跡(皇居東御苑・江戸城天守跡)。 江戸は結界で守られていた。
日枝神社の記事はこちら (千代田区)・・・江戸城の裏鬼門(南西)を守る
増上寺と、徳川将軍霊廟の記事はこちら(東京タワーの隣)
→(上野。天海が創建しました)
上野東照宮(上野。こちらも天海が創建しました。東照宮のご祭神は江戸幕府を開いた徳川家康です。)
金龍山浅草寺の記事はこちら・・・都内で最古の寺。江戸幕府の祈願所。

 

崇徳天皇、菅原道真、平将門の3人を日本三大怨霊と言いますが、菅原道真を祭る神社(天満宮・天神社の総本宮)が京都にあります。
→→北野天満宮の記事はこちら

→→【「怨霊になった天皇」を読んだ】 人を恨んではいけない。「和の文化」は、世界に誇れる日本の心・・・日本最大の怨霊。

交通アクセス

中央線・総武線 御茶ノ水駅(聖橋口)より徒歩5分
京浜東北線・山手線 秋葉原駅(電気街口)より徒歩7分
東京メトロ丸ノ内線 御茶ノ水駅(聖橋口)より徒歩5分
東京メトロ千代田線 新御茶ノ水駅(聖橋口)より徒歩5分
東京メトロ銀座線 末広町駅 より徒歩5分
東京メトロ日比谷線 秋葉原駅 より徒歩7分
電車の乗り換えはヤフー路線などでお調べください。

車で行く場合、参拝者専用の駐車場がありますが、満車の場合、近くの有料パーキングを利用することになるそうです。

近くの宿泊施設

アパホテル<御茶ノ水駅北>。

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