【銀閣寺】 正式名称・東山慈照寺(じしょうじ)。銀じゃなかった!

前回の【清水寺】からの続きで、京都観光を取り上げます。

今日紹介するのは「銀閣寺(ぎんかくじ)」。正式名称は慈照寺(じしょうじ)と言います。

清水寺、金閣寺と同じく世界遺産です。

参拝記

前回の【清水寺】からは、京都市営バス「急行100〔洛バス〕:京都駅-銀閣寺」に乗車、銀閣寺前で下車、乗車時間23分です。

 

銀閣寺近くに、日本の道百選の一つである「哲学の道」があります。

南は永観堂の北東方向の若王子神社あたりから、北は銀閣寺まで続く、疎水に沿った散歩道です。

 

 


哲学の道の奇麗な写真も貼っておきます。(出典:potecoさん、写真AC

 

 

京都の哲学者である、西田幾多郎と、その愛弟子である田辺元や三木清らが好んでこの道を散策したことから、「哲学の道」と言われるようになり、1972年に正式に「哲学の道」と命名されたそうです。

 

西田幾多郎の歌碑。
「人は人 吾はわれ也 とにかくに 吾行く道を 吾は行くなり」

 

そうですよねー。自分だけのストーリーは、自分だけが作れるのです!

 

 

さて、金閣寺と銀閣寺は、京都観光の中でも定番中の定番ですよね。

開館時間は8:30~17:00。

拝観料は 高校生以上の大人500円、中学生 300円、小学生 300円、小学生未満無料です。

拝観料金を払うと、「チケット」ではなく「御守護」と書かれたお札をもらえます。

大きいほうが【金閣寺】、小さいほうが銀閣寺です。

 

 

 

 

 

 


(出典:HIDEOUTさん、写真AC

初めて見た銀閣寺の感想は、「なんだか、地味で黒いなぁ」でした。

 

 

白い砂でできた富士山みたいな山は、「向月台(こうげつだい)」と言います。

 

 

・・・どんなふうに造っているんでしょうね?

 

 

向月台の手前には、美しい線を引いた盛り砂の一帯、「銀沙灘(ぎんしゃだん)」があります。

 

これも、美しいですねぇ・・・。

 

 

向月台も銀沙灘も、室町時代からあったものではなく、江戸時代の18世紀半ば以降に生まれたとされているそうです。

 

 

この美しい二つの芸術を見て、衝撃を受けた人がいます。「芸術は爆発だー!」の、岡本太郎氏です。

→→岡本太郎美術館の記事はこちら・・・神奈川県川崎市に美術館があります。火焔型土器も好きだったらしい。

 

 

 

 

当時はブログをする予定ではなかったので、良い写真じゃなくて悪いのですが、銀閣寺はこんな感じ。

金ぴかの金閣寺とは全く違う味があります。

夫が「住むなら絶対にこっちだな。こっちのほうが断然落ち着く」と言っていました。

 

 

手前から、銀沙灘、向月台、銀閣寺。

鹿苑寺の舎利殿(金閣)と、西芳寺の瑠璃殿を踏襲して、銀閣寺は本来「観音殿」と呼ばれたそうです。

 

建立は1482年の室町幕府八大将軍、足利義政(あしかが よしまさ)によるものだそうです。

 

室町幕府八大将軍足利義政公・・・調べてみたら、波乱万丈でした。

・お父さん(第6代将軍足利義教)が嘉吉の乱で暗殺され、8歳で将軍職に選出、13歳で正式に第8代将軍として就任

・三魔と呼ばれる乳母の今参局(御今)・烏丸資任・有馬持家(おいま、からすま、ありまと、「ま」がつく3人を三魔と称した)や母・重子と正室・富子の実家の日野家、有力な守護大名等が政治に介入して、主導権を握ることが大変難しかった

・子供が早死

・天災と飢餓

・幕府の財政難

・土一揆

・跡継ぎ問題などいろんな要因で、応仁の乱勃発。十数年に亘る戦乱によって、主要な戦場となった京都は灰燼と化し、ほぼ全域が壊滅的な被害を受けて荒廃

・次男・義尚が25歳で死去、妻・日野富子と別居

・銀閣の完成を待たずに55歳で死去

 

 

もうノイローゼになりそうな勢いで不運が続きますね・・・。

 

そんな義政公、芸術をこよなく愛する文化人だったそうで、「東山文化」を築きました

 

東山文化・・・ウィキペディアより抜粋

応仁の乱(1467年)以降、戦乱に明け暮れる世の中になったが、一方では能、茶道、華道、庭園、建築、連歌など多様な芸術が花開いた時代で、それらは次第に庶民にも浸透し、今日まで続く日本的な文化を数多く生み出した。
また、京都が戦火に見舞われたことで多くの文化人・知識人が地方の守護大名のもとへ身を寄せたため、文化の地方伝播が進行した。
貴族的・華麗な足利義満の北山文化に対して、幽玄、わび・さびに通じる美意識に支えられていると評される。

 

能、茶道、華道、庭園、建築、連歌・・・現代の私達も良く知っている文化ですね。

文化を守って愛するのは良いことですが、将軍でありながら、寛正の大飢饉(一説では賀茂川の流れが餓死者の死骸のために止まるほどの大惨事だった)では、花の御所(京都市上京区)を改築したり、邸宅や日本庭園の造営や、猿楽、酒宴に溺れていたそうです。

花の御所(京都市上京区)を改築した時は、後花園天皇の勧告を無視したとかで、大変悪い評判になったそうで・・・。

 

せめて支えてくれるパートナーがいれば良かったのでしょうが、奥さんが「日本三大悪女」とも呼ばれている人で、大変苦労したそうです。

身内との揉め事や、動乱の社会で、文化に癒しを求めたり、心地よい邸宅造りに尽力したのでしょうか。(現実逃避?)

恐妻と別居し、隠栖(いんせい)生活を夢見て、実の弟が門主をしていた浄土寺の跡地に山荘を作ったのに、観音殿(銀閣)完成の直前に、亡くなっちゃうなんて・・・、未練が残りますね。

 

ちなみに工期は8年だったそうです。

興味をもった方、調べてみてくださいね。

人物を調べると、歴史が面白くなります。

 

 

義政は、東山殿を造るに当たり、西芳寺(苔寺)にならって構成したそうです。

銀閣寺は苔が美しいです!

 

 

境内にはこのような散策路があり、展望所へ上がれます。

 

 

展望所からの眺め。

義政の時代から展望所はあったんでしょうか、なかったんでしょうか・・・。

完成を夢見て、何度も、銀閣寺を眺めたでしょうね。

 

 

さて、金閣寺は「金箔」が貼られて金ピカ。
銀閣寺は「銀箔」が貼られて銀ピカだったのか、というとそうじゃありません。

黒漆塗だったんですね。

驚きっ!!

 

 

みなさんも、ぜひ、義政が完成を夢見た銀閣寺と、岡本太郎氏が大興奮した向月台と銀沙灘を見てください。

 

 

次は、金閣寺を紹介します。

 

次の記事はこちら

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交通アクセス

京都市内は、バスが大変便利です。

前回取り上げた清水寺から銀閣寺に行く場合、清水道バス停で京都市バス100系統に乗り、銀閣寺前で下車です。
25分くらいの乗車時間です。
(清水寺から金閣寺は遠いので、先に近くにある銀閣寺に行くのをオススメします)

フリー切符

京都市バス一日乗車券はこちら・・・大人一日600円で、京都市バスと京都バスが乗り放題。一日でバスに3回以上乗車する人は、お得です。

京都市交通局HP お得な切符一覧・・・バス一日乗車券の他、バスと地下鉄のフリー切符(1日・2日)もあります。

京都のバス、鉄道の乗り換えは「歩くまち京都」でご覧ください。・・・京都市内はバスが細かいです。上手に乗り換えてください。大型連休は道路が非常に混んでバスが遅れるので、鉄道を利用するのもオススメ。

料金について

高校生以上の大人500円
小中学生300円
拝観時間は、 夏季(3月から11月) 午前8:30 ~ 午後5:00
冬季(12月から2月) 午前9:00 ~ 午後4:30 です。

近くの宿泊施設

ホテル平安の森京都。銀閣寺から車で7分。平安神宮にも近いです。

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