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ちょっと出かけて、色色知見。「旅は学び!」 四人家族の旅行記です。

京都府旅行記

【鴨長明 方丈記と方丈庵】 「私は詩と音楽が好き!」 家業を継げずに家を出て、行きついた究極のマイホームは一辺3m!

投稿日:2018年8月31日 更新日:

前回からの続きで、一泊二日の京都旅行です。

加茂氏の氏神を祀る加茂御祖神(かもみおやじんじゃ)・・・通称、下鴨神社(しもがもじんじゃ)ですが、境内の南にある河合神社境内に、ひっそりと方丈庵(ほうじょうあん)というものがあります。

今日は、方丈庵と鴨長明(かものちょうめい)について紹介しようと思います。

旅行記

加茂御祖神社(下鴨神社)の記事を、3つに分けて書いたので、境内の紹介をご覧になりたい方は、以下の記事をご覧下さい。

→→【賀茂御祖神社(下鴨神社)】の記事はこちら・・・加茂氏の氏神を祀る。社殿は国宝。
→→【糺の森(ただすのもり)】の記事はこちら・・・下賀茂神社の境内は、世界遺産で国の史跡。古代祭祀跡がある。
→→【河合神社】の記事はこちら・・・初代天皇の母を祀る。美人祈願で有名。

 

 

今日、紹介するのは、昨日書いた【河合神社】の境内にある小屋です。

 

桜の美しい河合神社境内。

写真左奥が、拝殿。

写真右に映っている、復元された小屋が「方丈庵(ほうじょうあん)」です。

 

 

方丈庵は一辺が3m。

現在で言うと、団地の六畳間くらいです。

 

 

この小屋の主は、鴨長明(かものちょうめい)。

長明は、平安時代末期の人で、鴨長継の次男でした。

父である長継は大変有能な方で、【河合神社】の禰宜(ねぎ)を経て、【賀茂御祖神社(下鴨神社)】の正禰宜惣官を勤める人でしたので、とても恵まれた家(上流階級)に生まれたのです。

長明は七歳の頃から神職につき、学問に優秀で、和歌にも優れていました。

順風満帆にいくかと思いきや、18歳の頃、父親が亡くなってしまったから大変! 後ろ盾を失ってしまいました。

 

父のように河合神社の禰宜(ねぎ)、下鴨神社の正禰宜惣官・・・と禰宜職を継いでいかなくてはならないのに、長明さんは神職よりも和歌と音楽が大好き

 

家族が「神職を継いでね」と期待しているのに、師匠をつけて専門家並みに和歌と音楽に打ち込み、27歳の若さで106首の歌を載せた歌集を出し、音楽の方でも才能を認められて名手となりました。

 

「スゴイじゃない、長明さん! 神職の家に生まれたけど、歌と音楽で生きていくのね!」

と思いきや、ここからが大変!

 

神職にはげまず、本業をおろそかにしていたものだから、対立する鴨祐兼(かものすけかね)一族に下鴨社の禰宜職を独占され、長明さんには回ってこないという事態に・・・。

 

期待していた家族は、「ちょっと、長明さん! しっかり神職やってよね!」と、かなりソワソワしたでしょう。

 

後鳥羽院は長明の歌を認めており「和歌処」に採用していたというから、和歌の才能はすごかったのでしょうけれども、神職と歌・音楽の二足のわらじを履くのは、きつかったのでしょう。

 

後鳥羽院は【河合神社】の禰宜職に欠員が出た時に、長明をここに据えてやろうとしましたが、鴨祐兼(かものすけかね)に「長明は社に奉公していない。うちの息子の方が奉公している」と主張され、後鳥羽院も「そうだよなぁ」と認めました。

 

そこで、後鳥羽院はどうしたかというと、別の社をわざわざ官社に昇格させて、その職を長明に与えようとしてくれたのです。後鳥羽院の特別な計らいでした。

 

しかしこれに長明さんは「河合神社の禰宜職じゃないと意味がない! そんな神社の禰宜になっても、父のように下鴨神社の正禰宜惣官にはなれない!」と断ってしまうのです。

 

あなたには、こんな長明さんはカッコよく見えるでしょうか。それとも短慮な人に見えるでしょうか。

 

「せっかく後鳥羽院がはからってくれたのに、断るなんてもったいない! 神職に打ち込まないで歌と音楽ばっかり!」と、そんな長明さんに家族は愛想をつかし、長明さん自身もなんだかもうイヤになってしまいます。

 

そして、家を捨てて出家し、後に閑居(かんきょ)生活をおくることになりました。

 


 

 

鴨長明(かものちょうめい)・・・、下鴨神社の禰宜を司る家に生まれたのに、居心地が悪くなって豪邸を出て、10分の1の家を建てて20年暮らし、50歳で家を出る。

「六十の露消えがたに及びて、さらに、末葉の宿りを結べる事あり。いはば、旅人の一夜の宿を造り、老いたる蚕の繭を営むがごとし」と建てたのが、先ほどの一辺3mの方丈庵でした。

 

ウィキペディアから借りた鴨長明(かものちょうめい)の画。

見た瞬間、「あ、ぐでたまや」と思った。

 

ぐでたま。(サンリオのキャラクターです。)

 

脱力しきった鴨長明さんですが、思うようにならない世を捨てて何もしなかったわけではなく、「方丈記(ほうじょうき)」という随筆を書きました。

方丈記は、徒然草(つれづれぐさ)、枕草子(まくらのそうし)と共に、「日本三大随筆」の一つとして数えられています。

 

 

「学校で習ったような気がするけど、あんまり覚えてないなー」と夫に言ったところ、

「ゆく河の流れは絶えずして・・・、ってやつでしょ」

と即答。

 

 

私は、覚えていなかった自分を恥じた・・・。(兵庫の【五色塚古墳】が教科書に載るほど有名な古墳だということも忘れていた。夫はもちろん覚えていた。旅をすると、いろいろ勉強になって、頭の刺激に良いですねぇ)

 

 

ハイハイ、話を戻しますが、夫が口にした方丈記の一節、「ゆく河の流れは絶えずして・・・」は、こういう文です。

 

「ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。よどみに浮かぶうた方は、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。世の中にある、人と栖(すみか)と、またかくのごとし。」

 

あんまり意味わかんないなーという方のために、現代語訳も載せておきます。

 

「河を見ていると、水は流れて絶え間がないが、同じ水ではなく、常に新しい水が流れているのです。河のよどみに浮かぶ泡もまた出来ては消え、消えては新しく生まれて、同じ泡が久しくとどまっているためしはない。この世にある人間とその住居も、思えばこれと似たようなものだろう」

 

一言で表現すると、「諸行無常」ですね。

存在するものは、何一つとして同じ状態でいることはなく、全て絶えず変化している。

人間をはじめとする生き物もそうですし、空気も、温度も、水も、石ころも、宇宙も絶えず変化しています。

 

 

方丈記よりちょっと抜粋します。

「知らず、生まれ死ぬる人、何方から来りて、何方へか去る。また、知らず、仮の宿り、誰が為にか心を悩まし、何によりてか目を喜ばしむる。その主と栖(すみか)と、無常を争ふさま、いはば朝顔の露に異ならず。」

 

「私にはよくわからないが、生まれて死ぬということは、どこからきてどこへいくのだろう。また、よくわからないが、この世の仮の宿にすぎない住居を、いったい誰のために(立派に作ろうと)悩んだり、(どこを立派につくったといっては)喜んでいるのだろうか。その主も住居も、ずっと同じままではなく、アサガオの露と異ならないのに」

 

 

・・・なんだか、現代人とかわらない悩みですね。

 

人は、どこからきて生まれ出て、死んだらどこへ行くのかしら。

死んだら全部放棄しなくちゃいけない財産、その中でもとりわけ一番大きな買い物、マイホーム。いつ燃えてなくなるかも、いつ津波に流されるかも、いつ地震で潰れるかもわからないのに、悩んで作り、作っては喜ぶのだろう。死んでもそこに住むわけでもないし、子供も継いでくれるかもわからないし、高く売れるかどうかもわからないのにね・・・。

 

 


 

 

「方丈記」は短い随筆で、鴨長明が自分の生涯を顧み、自分に合った究極の住居「方丈庵」に行きついた人生観と、住み心地の良さを、主に書いています。

 

 

「心にかなはぬ事あらば、やすく他へ移さんがためなり。その、改め造る事、いくばくの煩ひかある。積むところ、わづかに二両、車の力を報ふ外には、さらに、他の用途いらず」

 

わかりやすく書くと、「心にかなわない事が起こったら(イヤになったら)、簡単に他所へ移れるように作ったのが方丈庵なのだ。車に積んだら二両で足り、その他に費用はかからない」ということです。

 

 

 

マイホームは、現代人もいろいろ悩みますからね。

上流階級に生まれた長明が行きついた「究極の家」は、一辺3m!

住んでいるところがイヤになったら分解して、車2両に積んでお引越し!

 

 

「われ今、身のために結べり。人のために造らず。故(ゆい)いかんとなれば、今の世の習ひ、この身の有様、ともなふべき人もなく、頼むべき奴もなし。たとひ、広く造れりとも、誰を宿し、誰をかすゑん」

「私は今、自分のために方丈庵を造った。人のために造ったのではない。なぜかといえば、今の世を見、自分の有様を顧みると、いっしょに暮らす人もいないし、頼りにする人もいないからだ。たとえ広く造ったとしても、そこに誰を泊まらせて、誰を住まわせるというのだろう」

 

 

・・・潔いですが、なんだかちょっと寂しさも感じますね。

 

 

 

鴨長明が生きた平安末期から鎌倉初期は、大変な時期でした。

方丈記には、

  1. 長明が23歳の頃に起こった安元(あんげん)の大火
  2. 26歳の頃に起こった辻風と福原遷都(平清盛が都を福原に移した。すぐに失敗だと気づいてまた京へ戻ったけれども、みんなパニックになった)
  3. 27歳の頃に起こった養和(ようわ)の大飢饉
  4. 31歳の頃に起こった元暦(げんりゃく)の大地震

が、書かれています。

 

 

現代語で紹介しておきます。(下手な現代語訳でゴメンね。本の現代語訳を抜き出すと著作権の問題があるかなぁ・・・と)

大地震で武者の一人っ子が土塀の下敷きになり死んでしまった。両目は一寸ほども飛び出してしまい、父母が抱きかかえて声を上げて泣いている。この悲しみは、猛き武士でも恥を忘れて泣いてしまうほどのものなのか。これこそが、子を愛おしく思う親の情というものかと思った。

 

(養和の大飢饉では)大変哀れなことがあった。愛するあまりに別れがたい妻や夫を持つ人は、愛情が勝って深いので、必ず先に死んでしまう。それは、自分のことを次にして、やっと手に入れた食べ物を人に譲ってしまうからだ。親子ならば、親が先に死んでしまう。母親が死んでしまっているのに、それを知らない幼い子供が、まだ乳首に吸い付いて寝ている事もあった。

 

・・・胸が痛いですね。

私達が暮らす現代も、いつ、このようなことになるのかわかりません・・・。

 

 

 

長明は神職よりも歌と音楽が好きで、下鴨神社の神職という家業を継ぎませんでしたが、

「継ぐ人」

「継がない人」(長明は継がない人より、継げなかったと言った方が良いのかも)

いろんな人がいたんだなぁ、それは現代もかわらないなぁ・・・、人ってあんまり変わらないのかなぁ・・・と思います。

 

 

それにしても、「存在するものにはそれぞれ役割がある」との言葉をどこかで見かけましたが、本当にそうだなぁ・・・と思いました。

 

下鴨神社の禰宜という家業を継いでいれば、方丈記は生まれなかったでしょう。

 

鴨長明は、自分の人生を、生ききったのです。

 

 

 

方丈記の現代語訳の本がいくつかあるので、興味を持った方はぜひお読みください。

 


私が読んだ本です。この本はとても面白くて、読みやすい!

「雪見だいふく」みたいに、二度おいしい(雪見だいふくは、外の餅も美味しいし、中のバニラアイスも美味しい)本です。

鴨長明の方丈記はもちろん面白いですし、それに解説を加えている中野孝次さんの文章も大変面白いです。

 

 

世間の目で見れば、上流階級社会をとびだし、ふつうの社会生活をさえ捨てて、まったくの一人ぼっち、収入もない孤独な境界に落ちた気の毒な人と見えたであろう生存形態が、彼にとってはこの世のあらゆるわずらいから解放され、人を恨んだり、怖れたりすることも一切なくなった、この上ない自由な境界に入ったことを意味したのだ。

誰の掣肘(せいちゅう)を受けることもなく、何をするのも自由なら、何もしないのもわが心のままという、これ以上の生存は彼には存在しなかったのだ。

 

(中野 孝次 著「すらすら読める方丈記 (講談社文庫)」より抜粋)

 

 

次は、もう一つの加茂社である「加茂別雷神社(かも わけ いかづち じんじゃ)」・・・鴨川の上流にあることから通称「上加茂神社(かみがもじんじゃ)」と呼ばれていますが、そちらを紹介したいと思います。

 

 

 

関連記事

→→【河合神社】の記事はこちら・・・前回の記事です。方丈庵は河合神社の境内にあります。美人祈願で有名。

→→【賀茂御祖神社(下鴨神社)】の記事はこちら・・・加茂氏が氏神を祀る神社。

→→【糺の森(ただすのもり)】 下鴨神社の原生林。古代遺跡のある森で、葵祭の名物「申餅」を食べる

→→【「怨霊になった天皇」を読んだ】 人を恨んではいけない。「和の文化」は、世界に誇れる日本の心・・・鴨長明に特別な計らいをした後鳥羽院は、後白河天皇の孫。後白河天皇は、崇徳院と争い、崇徳院は日本最大の怨霊となった。

交通アクセス

京都市バス「下鴨神社前」下車すぐ。

または、出町柳駅から徒歩12分。1.2kmほど。

近くの宿泊施設

京都駅出てすぐ。

 

お得で便利な、旅の予約サイト

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執筆者:チョットnow


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