今日は、愛知県名古屋市の「名古屋城(なごやじょう)」を紹介します。
旅行記
名古屋城は、国の特別史跡に指定されており、「名城(めいじょう)」、「金鯱城(きんこじょう、きんしゃちじょう)」、「金城(きんじょう)」の異名を持つお城で、日本100名城に選定されています。
1609年に、織田信長誕生の城とされる今川氏築城の那古野城(なごやじょう)の跡周辺に、徳川家康が築城。
以降、徳川御三家(水戸、尾張、紀州)の一つとして、尾張徳川家17代の居城となりました。
→→【和歌山城】の記事はこちら・・・紀州徳川家の居城。8代将軍徳川吉宗の故郷。
私達が名古屋城を訪れたのは2016年の冬でした。
名古屋城の美しい外観。
ちなみに、名古屋観光には「メーグル」という観光ルートバスがオススメで、1デイチケットを持っている人は入場料が100円引きになります。
お堀。
本丸エリアに飾られていた金の鯱(しゃちほこ)。
1959年(昭和34)に復元されたもので、北側に雄、南側に雌。
雄は高さ2.621m、重量1,272㎏で、雌は高さ2.579m、重量1,215㎏なのだそうです。
体を覆う金のウロコは、なんと18金製!
金の鯱が美しい名古屋城。
大阪城、【熊本城】とともに「日本三名城」に数えられています。
名古屋城は戦争で焼け落ちてしまい、その後鉄筋コンクリートで再建されたのですが、2018年から「木造での再建」のため、城内は立ち入り禁止になっています。
私達が訪れたのは2016年だったので、中に入れたのですが、ほとんどが撮影禁止エリアであったため、ほとんど写真を撮れませんでした。
この写真は城内にあった撮影OKコーナーの、石膏模型の金鯱。
天守閣5階には、座って記念写真を撮れる金鯱があり、行列が出来ていました。
戦時中の名古屋城。
名古屋城は1612年(江戸時代)に建てられましたが、昭和20年(1945年)に空襲で焼け落ちてしまいました。
(同じく徳川御三家の【和歌山城】と水戸城も空襲で焼け落ちた。和歌山城と名古屋城は鉄筋コンクリートで再建されましたが、水戸城は再建されていない。戦争って本当に嫌なものですね)
空襲で炎上する名古屋城天守の写真。
空襲で炎上する前の、初代の金鯱。
慶長大判にして1940枚の金が使われており、今の感覚なら10~20億円もするのだそうです。
・・・といっても、後に藩の財政難で三回も金の純度を下げて作り直したため、ピカピカではなくなり、うろこが半分以下にまで薄くなったため、カモフラージュ&盗難防止のため、写真のように金網を張っていたのだそうです。
「鳥がついばむと形がゆがむ」というから、けっこう薄くなってしまったのですね。金網上部のトゲトゲは鳥よけなのだそうです。
初代の金鯱は、徳川の金鯱の中では最も長く現存した大変貴重なものであったそうですよ。(明治以降四回も盗難の危機にあった!)
天守閣から見た眺め。
次は、復元途中の本丸御殿(尾張藩主の住まい)へ。
2018年から一般公開が開始されたそうですが、私達が訪れた2016年はまだ復元途中であったため、一部分だけ見学することができました。
尾張藩主(尾張城の殿様)が住んでいた本丸御殿も、天守閣と同様、昭和20年の空襲で焼けてしまったのだそうです。
2009年から復元に着手し、写真のような見事な仕上がりです。
職人さんって、すごいですねぇ・・・。
名古屋城に来たら、ぜひ楽しんでほしいのが、「名古屋おもてなし武将隊」。
左から、加藤清正(かとうきよまさ)、豊臣秀吉、前田慶次郎。
とても素晴らしいショーでした!
最後に加藤清正役の方と一緒に記念写真を撮ってもらい、すごく良い思い出になりました!
加藤清正は、【熊本城】の記事でも紹介しましたが、秀吉とは母方の親戚関係にある武将で、後に熊本藩主となり、熊本城や名古屋城、江戸城などを手掛けた築城の名手です。
清正公石ひきの像。
息子の後ろにある巨大な石は「清正石」と言われており、名古屋城で最大の石垣石材。
名古屋城の木造再建がいつ頃終わるのかわかりませんが、新しい姿を見せてくれる日が楽しみですね。
次は、名古屋城からほど近いところにある日本庭園「徳川園」を紹介します。
前回と同じく愛知県名古屋市の旅行記です。 今日は徳川園(とくがわえん)を紹介します。 旅行記 徳川園の起こりは元禄8年(1695年)に、尾張藩二代藩主光友がここに移り住んだことから始まります。 明治期は尾張徳[…]
(この旅行記は、2016年です)
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交通アクセス
名城線 「市役所」 下車 7番出口より徒歩 5分。
または、なごや観光ルートバス「メーグル」「名古屋城」 下車すぐ。
料金
大人500円、中学生以下無料。
午前9時~午後4時30分(本丸御殿への入場は午後4時まで)