【三保の松原、 羽衣の松、羽車神社】 世界遺産で、天女伝説で有名。初代羽衣の松は、宝永の大災害で海に沈んだ

前回の【富士山本宮浅間大社】からの続きで、二泊三日静岡県旅行の紹介です。

→→静岡県旅行記の行程はこちら・・・二泊三日で8か所を巡りました。

2泊3日の静岡旅行も、この日が最後!

前日はずーっと雨が降ったり止んだりだったのですが、最終日は晴れました。

 

よし、天気も良いことだし、三保の松原(ミホのまつばら)へ行くぞっ!

 

と、レンタカーを走らせて、三保の松原へ向かいました。

参拝記

三保の松原は、日本三大松原(三保の松原、虹の松原、気比の松原)のひとつとされ、国の名勝に指定されています。

2013年(平成25年)6月にユネスコの世界文化遺産「富士山-信仰の対象と芸術の源泉」の構成資産に登録され、さらに人気スポットになりました。

天気の良い大型連休は混み合いますので、早い時間から行くのをオススメします。

私達は祝日の午前9時過ぎに三保の松原に到着したため、駐車場(無料)には余裕で入れました。

 

 

 

三保の松原と言えば、羽衣伝説が有名ですよね。

現地の説明書きを三つ載せます。



 

 

 

土産物店を過ぎて、松林を抜けて、海岸へ・・・。

 

 

お~、駿河湾(するがわん)・・・。

日本で一番深い海。

今日もたくさんサクラエビが泳いでいるのかしら。深海魚も元気かしら・・・。

 

 

 

さて富士山は・・・

2015-11-08-a 178.jpg

ハイ、見えましたっ!

もっと冠雪しているのかなーと思ったのですが、まだまだこれからですね。

空は晴れていたのですが、富士山は雲に隠れたり出てきたり・・・で、全体を見ることはできませんでした。

 

でも、感激!

 

なにげに、三保の松原は、写真を撮るのが難しいです。

ベストショットを狙って浜辺をうろうろ20分・・・。

でもやっぱり、カレンダーみたいな「あの写真」は撮れない。

 

 

浜辺が広くて、

松林  富士山  駿河湾

の配置ではなく、

松林  富士山  砂浜  駿河湾

になるのです。

 

 

 


んーーーー、どういうこと?????

 

 

 

カレンダーで見るような(↓のような)写真、いったいどこから撮ったのよ・・・

(出典:photoBさん、写真AC

 

 

ちなみに、三保の松原の浜は、松平健さん主演の時代劇「暴れん坊将軍」オープニングで、上様が白馬で疾走する浜でございます。

→→和歌山城の記事はこちら・・・暴れん坊将軍「徳川吉宗(8代将軍)」の故郷。徳川御三家の一つ。吉宗のお母さんは忍者だった・・・かもしれない。

 

なかなか良い写真撮れないな~~~~と思いながら砂浜に別れを告げ、松林に戻りました。

 

 

戻る途中に羽車神社がありました。

(出典:fuku41さん、写真AC

 

 

 

IMG_5891.jpg

羽車神社の御祭神は、御穂津彦命(大国主命)、御穂津姫命の二神。

その昔、御穂津彦命(大国主命。国津神)は、天孫ニニギノミコト(天皇の祖先。天津神)に国土を譲ったとありますね。

古い歴史のあるところなのだなぁと思いました。

 

御穂津彦命(大国主命)と御穂津姫命の二神をまつる「御穂神社(みほじんじゃ)」は、三保の松原から神の道を通って徒歩7分ほどのところにあります。次の記事で紹介します。

羽車神社は、御穂神社の離宮として建てられたそうです。

三保の松原にある「羽衣の松」は、御穂神社のご神体で、祭神の三穂津彦命(大国主命)と三穂津姫命が降臨する際の依り代とされるそうです。

 

羽衣の松は天女が羽衣をかけて~という伝説が有名ですが、それよりも遠い昔に、三穂津彦命(国津神)とニニギノミコト(天津神)の国譲り物語があったのですね。知りませんでした・・・。

 

 

 

さて、御穂の神様が降臨する依り代の「羽衣の松」ですが、羽車神社のすぐそばにありました・・・が、

 

ん??? なんかちっちゃいぞ!  

 

細い松の木の後ろには、立派な松の幹が・・・。

どうゆうこと???

 

 

と首をかしげて眺めていると、ボランティアガイドの方が説明してくださりました。

なんと、その松の切り株は「二代目 羽衣の松」だというのです。

 

 

え、二代目て何?

初代は??

 

 

初代の松は、江戸時代に地殻変動で海に沈んだそうです!

 

 

コワッ!

地殻変動ってナニ!?

 

 

お聞きしたところ、江戸時代に大きな地震や富士山の噴火があり、それで初代羽衣の松は海のむこう側に沈んだそうです。

 

これは1707年に起こった大災害で、東海・東南海・南海地震の連動型地震であったそうです。

さらに地震から49日後には、富士山が噴火。これを宝永(ほうえい)の大噴火と言うそうです。

 

ウィキペディアからもってきた画像。静岡県側から富士山を見ると、宝永第一火口と宝永山が見える。

この噴火で、初代羽衣の松は海中へ・・・。

 

 

・・・富士山の形が変わるくらいの大災害・・・、おそろしや。

 

 

ちなみに、和歌山県の潮岬には橋杭岩(はしぐいいわ)という景勝地があり、富士山噴火のきっかけとなった宝永地震(東海・東南海・南海地震の連動型)の津波の破壊力を今に残しています。

→→【橋杭岩】の記事はこちら・・・日本最大級ともいえる「宝永大地震」の津波の威力を知ることができる。和歌山県串本町潮岬は、本州最南端の地です。

 

 

 

初代の羽衣の松が沈んだ後は、二代目の羽衣の松があったのですが、2013年に切ってしまったそうです。かなり腐食が進んでいたそうです。

切り株の前の小さな松の木は、その切ってしまった二代目の接木なんだそうです。

 

 

続けてガイドさんからきいたのですが、「三保の松原」の「三保」は「三穂」から来ているとおっしゃっていました。

昔、このあたりは、稲穂のように3つに分かれていたのだそうです。

三保の松原がある三保半島。埋め立てられて形が変わったけれども、なんとなく今でも3つの穂に見えるような・・・。

ちなみに、三保半島を作ったのは、隣にある日本平です。

→→日本平の記事はこちら・・・お茶つみができる、富士山ビュースポット。三保半島の生みの親は日本平だった!

 

 

羽衣の松のガイドさんは、お話が楽しくて楽しくて、民謡まで歌っていただきました。

 

ボランティアガイド、大変なお仕事でしょうけれど、どうかお体をお大事に。

 

本当に素敵な出会いでした。旅っていいですね。

 

ご縁に感謝!

 

 

IMG_5892.jpg

健在だった頃の2代目羽衣の松。

 

命あるものはかならず終わりが来るんですね。

でも命は別のかたちで続くんですね。

 

 

松がそう教えてくれたような気がしました。

 

 

 

近くに三代目の松があります。
立派です!

 

羽衣の松は、すぐ近くにある御穂神社の神体で、祭神の三穂津彦命(大国主命)と三穂津姫命が降臨する際の、依り代とされるそうです。

 

三代目羽衣の松の木、二代目の接木ちゃん、元気でいてね。

 

 

綺麗な景色と、松の歴史、ボランティアガイドさんとの素敵な出会いを与えてくれて、三保の松原、ありがとう。

 

次は、三保の松原近くの「神の道」をたどって御穂神社(みほじんじゃ)へ向かいました。

 

 

次の記事はこちら

前回の【三保の松原、 羽衣の松、羽車神社】の続きで、二泊三日静岡県旅行の紹介です。 →→静岡県旅行記の行程はこちら・・・二泊三日で8か所を巡りました。   参拝記 神の道は、前回の「三保の松原」と御穂神社(みほじんじゃ)を[…]

 

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→→【日本平(にほんだいら)】 の記事はこちら・・・お茶つみができる、富士山ビュースポット。三保半島の生みの親は日本平だった!

交通アクセス

公共交通機関で行く場合、JR清水駅まで行き(沼津駅から清水駅へは、11駅40分760円)、バス乗り場3番からジャストライン「三保山手線」に乗車して、東海大学三保水族館・または三保車庫行きに乗車、三保松原入り口下車です。

土日祝日は、世界遺産三保松原行きのバスが出発するそうです。

車で行く場合、駐車料金は無料です。

近くの宿泊施設

羽衣ホテル。三保の松原のすぐ近くです。

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