【吉野神宮】 南朝初代天皇である後醍醐天皇が御祭神

前回、南北朝時代の初代南朝天皇後醍醐(ごだいご)天皇の御陵(お墓)がある【如意輪寺・後醍醐天皇のお墓 塔尾陵(とうのおのみささぎ)】を紹介しました。

今日は、後醍醐天皇が御祭神として祀られている、吉野(よしの)神宮を紹介します。

参拝記

吉野神宮は、奈良県の吉野山(よしのやま)にあります。

 

 

前回紹介した、南朝初代天皇である後醍醐天皇陵(お墓)がある如意輪寺(にょいりん)からは7.6km離れており、車で14分。

 

 

吉野神宮は吉野神宮駅から1.3kmと近いので、徒歩で行く場合20分くらいです。

車で行く場合、無料駐車場があります。

 

吉野神宮境内図。

 

 

吉野神宮は官幣大社で、創建は1892年(明治25年)。

御祭神は、南朝初代天皇である後醍醐(ごだいご)天皇です。

後醍醐天皇については、前回の後醍醐天皇陵の記事で書きましたのでご覧ください。

 

 

大鳥居。

 

手水舎。

 

 

神門。

 

 

神門の奥に、拝殿。

 

 

拝殿の奥には、本殿があります。

御祭神は、先にも書きましたが、南朝初代天皇(第96代天皇)である後醍醐(ごだいご)天皇。本殿には、後村上天皇(南朝第二代天皇で、後醍醐天皇の皇子)が自ら刻まれたと伝えられる後醍醐天皇の尊像が吉水神社から移されて、御神体とされて祀られているそうです。吉水神社は次の記事で紹介します。

 

南北朝の動乱時代、後醍醐天皇は京都に戻ることを願いながら、吉野で病気で亡くなられました。御陵(お墓)は近くの如意輪寺(にょいりんじ)にあるのですが、北(京都の方角)を向いている唯一の御陵となっています。

吉野神宮の本殿・拝殿・神門も、後醍醐天皇が京都の御所への帰還を熱望していた心情を汲んで、京都の方角を向き、北向きに建てられているそうです。

総檜造で、近代神社建築の代表とされる神宮です。

 

 

幣殿。

 

 

摂社。

 

 

 

近代日本の繁栄の基は明治維新にあり、明治維新の根源は後醍醐天皇の建武の中興と吉野町の歴史にありと言われます。それゆえに、明治の御代と共に後醍醐天皇を祀る吉野神宮をはじめ、鎌倉宮、湊川神社など建武中興関係の皇族忠臣を祀る官幣社が十五社創建され、摂社の三社には格別の御功がある方々を祀られているそうです。

→→【鎌倉宮(かまくらぐう)・護良(もりなが)親王墓】 南朝初代天皇の後醍醐天皇皇子である大塔宮護良親王を祀る。近くに首塚もある・・・神奈川県鎌倉市。後醍醐天皇の皇子・護良親王が御祭神で、足利にとらえられていた土牢がある。

 

 

吉野神宮の駐車場にあった石碑。吉野神宮のある辺りは吉野山の北端で「丈六平」と呼ばれていました。昔は「勝福寺」と云う修験寺院が在り、身の丈1丈6尺の蔵王権現を祀っていたそうです。

 

 

次は、車で5分ほど離れた、吉水神社を紹介します。

吉水神社は世界遺産に登録されており、今回紹介した吉野神宮のご神体である後醍醐天皇立像が最初に祀られていた御宮で、境内には後醍醐天皇の玉座の間や源義経が潜居したと伝えられる間があります。

 

 

続く。

 

(この参拝記は2022年のものです)

 

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交通アクセス

吉野神宮は吉野神宮駅から1.3kmと近いので、徒歩で行く場合20分くらいです。

車で行く場合、無料駐車場があります。

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