【伊弉諾神宮(いざなぎじんぐう)】 国生みの父神イザナギノミコト終焉の地

去年の11月から兵庫県の淡路島旅行記が止まっていたのですが、ようやく再開です。

・・・というのもですね、実は「ちょっと書きにくいなぁ」と迷っていたことがありました。

参拝記

前回の「野島断層保存館 北淡震災記念公園」から、伊弉諾神宮(いざなぎじんぐう)までは車で15km、25分ほどの距離です。

淡路島旅行一日目の最後の目的地でした。

 

 

一の鳥居。

阪神淡路大震災で鳥居が倒壊したため、氏子の奉納により再建されたものだそうです。

 

 

伊弉諾神宮(いざなぎじんぐう)は、淡路国一宮です。

ご祭神は、国生みをした夫婦神であるイザナギノミコトとイザナミノミコト。

 

男神イザナギノミコトと女神イザナミノミコトの二柱は、天の浮き橋にたって沼矛をおろして、コロコロとかきまぜて、オノコロ島(現在の淡路島? 沼島? いろんな説があります)を作り、次々に島や神々を生みましたが、イザナミノミコトは火の神であるカグツチノカミを産み落とす時、大やけどを負い、お亡くなりになります。その御陵(お墓)が三重県の「花の窟」とも言われています。

→→花の窟・花窟神社(世界遺産)の記事はこちら・・・三重県。日本神話について簡単にまとめてあるのでご覧ください。

 

イザナミノミコトの御陵、花の窟の写真を貼っておきます。

日本書紀にはイザナミノミコトは熊野の有馬村に葬ったと書かれ、古事記には熊野ではなく出雲国と伯伎国(ははきのくに)の境の比婆山(ひばやま)に葬ったとあるそうです。(どちらが墓所か、わかりません)

 

イザナミノミコトが亡くなられた後、イザナギノミコトは妻恋しさに黄泉の国まで行きますが、変わり果てた妻を見て逃げ出します。

黄泉の国から帰って禊をし、アマテラスオオカミ(皇室の御祖神)、ツキヨミノミコト、スサノオノミコトがお生まれになりました。

イザナギノミコトは、その後、ここに鎮まり、終焉の地となったのだそうです。

 

神社の由緒書きに「イザナギ大神が国土経営の神業を了えられた後 お鎮まり遊ばされた御終焉の地で 大神の御陵がそのまま神社として祀られるようになった我が国最古の御社である」とあり、「御陵」とはお墓のことですから、ここがイザナギノミコトが眠っている地ということでしょうか・・・?

 

だとしたら、国生みの父神は淡路島に眠り、母神は熊野エリアか出雲エリアあたりに眠っているのかもしれません。

各地の神社で二神が祀られている所は多々あるものの、お墓としてはずいぶん離れてお鎮まりになられているのだなぁ・・・。

 

 

手水舎は龍の口から水が出てくるところが多いですが、蓑亀でした。

 

・・・ここがですね、「ちょっと書きにくいなぁ」と迷っていた理由の一つで、門の前に、政治家のパネルがありました。

看板にモザイクかけるか、そのまま載せるかで、ずーーーーーっと悩んでいました。

 

 

こちら、本殿。

これも悩んだ写真で「憲法改正の実現を」の青旗はそのまま載せるかモザイクかけるかどうしようかと・・・。

 

たぶん他にも、旗や特定の政治家の看板を出している神社はあると思うのですが、私達家族は初めて見たので、正直、驚きました。

 

ずーーーーっと去年の11月から「どうしようかな・・・」と悩んでいたのですが、政治家の看板は特定の人物なのでモザイクをかけ、旗の方はそのまま写真で載せることにしました。

 

 

「国生みの父神様が、最後にお鎮まりになられたところ」という神秘的なイメージで訪れたため、政治家の看板が門の前にあり、本殿の前で憲法改正の旗がはためく中でのお参りは、落ち着かないものがありました。

 

 

ここは、もともと禁足地であったようですが、明治15年に御陵の上に本殿が建てられたそうです。

 

 

 

伊勢皇大神宮遥拝所。

 

夫婦大楠。

樹齢800年から900年だそうです。

 

岩楠神社。

 

・・・うん、看板も旗も無い方が、落ちつくなぁ (;^_^A

 

 

淡路島北端にも「岩楠神社」があり、イザナギノミコトとイザナミノミコトの間に生まれた水蛭子を祀り、地元ではイザナギノミコトのお墓だと言われているそうです。絵島(えしま)のすぐ近くだったんですね、気づかなかった・・・。

 

 

 

 

放生の神池。

イザナギノミコトの幽宮(かくりのみや)跡の御陵を中心にあった濠の遺構だそうです。

 

 

亀とカエルの石。

 

 

放生の神池には、たくさんの鯉が泳いでいました。

病気平癒のための命乞に鯉を放って、快癒したら感謝の気持ちを込めて亀を放つ信仰習慣があるのだそうです。

 

 

幽宮(かくりのみや)跡の、御陵を中心にあった濠の遺構かぁ・・・と思うと、昔はどのようなところだったのだろう…と思いますね。

 

 

「ひのわかみやと陽の道しるべ」

伊弉諾神宮は、北緯34度27分23秒の緯度上にあり、石版にある各御宮と太陽で結ばれているようです。

 

夏至の日出は信州の【諏訪湖】(諏訪大社)、日没は出雲大社日御碕神社。

春分秋分の日出は【伊勢神宮】、日没は海神神社(対馬国)。

冬至の日出は【熊野那智大社】(那智の大滝)、日没は天孫降臨伝承の高千穂峰(高千穂神社・天岩戸神社)。

 

・・・すごいパワースポットなのではないでしょうか。

 

 

 

パワースポットと言えば、私たちは時間が無くて行けなかったのですが、淡路島の南東に「紫苑(シオン)の山」や、古代ユダヤの遺跡があるそうです。

淡路島で発見! 古代ヘブライ語が記された指輪と丸石の謎  月間ムー・・・好きな方は、すごく興味がわくと思う。

 

 

翌日は、南あわじ市の「おのころ島神社」へ行きました。

 

次の記事はこちら

前回の続きで、兵庫県の淡路島旅行記です。 一日目の最後は、イザナギノミコト終焉の地と言われる伊弉諾神宮(いざなぎじんぐう)で、翌日は南あわじ市の「自凝島(おのころしま)神社」へお参りに行きました。 参拝記 「おのころ島神社[…]

(この旅行記は2017年です)

関連記事

→→【多賀大社】の記事はこちら・・・淡路と淡海の写し間違い(?)で、滋賀県の多賀大社もイザナギノミコト終焉の地伝説がある。

 

→→「野島断層保存館 北淡震災記念公園」の記事はこちら・・・前の記事です。

→→花の窟・花窟神社の記事はこちら・・・イザナミノミコトの御陵の一つ。三重県です。

伊弉諾神宮と太陽の道で結ばれている御宮の記事です。
→→伊勢神宮の記事はこちら・・・三重県
→→諏訪大社の記事はこちら・・・長野県
→→熊野那智大社の記事はこちら・・・和歌山県
(出雲大社日御碕神社、海神神社、高千穂神社は未訪問)

 

→→鹿島神宮の記事はこちら・・・阪神淡路大震災で伊弉諾神宮の鳥居が倒壊、東日本大震災では鹿島神宮の鳥居が崩壊しました。茨城県にある地震ナマズを抑えているお宮です。

交通アクセス

公共交通機関で行く場合、淡路交通バス西浦線に乗車、「伊弉諾神宮前」バス停下車 。
車で行く場合、無料駐車場があります。

近くの宿泊施設

スプリングゴルフ&アートリゾート淡路。丘の上にあるホテルで、伊弉諾神宮から車で20分。

 

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