奈良県の吉野(よしの)観光紹介の途中ですが、ちょっと予定を変更しまして、今日は東京都日野市の「土方歳三(ひじかたとしぞう)資料館」を紹介します。
・・・というのも、こちらの資料館は今月(2022年11月)末から長期休館に入ります!
この記事を書いているのは11月9日(水)ですが、次の土日の営業をもって一般公開は終了となります!
土方歳三ファン、新選組ファンは、ぜひ、次の週末に訪れてください。
※土方歳三資料館の残された開館日
11月12日(土) 開館時間9〜16時【予約不要・最終受付15時】
11月13日(日) 開館時間9〜16時【予約不要・最終受付15時・一般公開最終日】
見学記
土方歳三(ひじかたとしぞう)資料館があるのは、東京都日野(ひの)市。
最寄り駅は、多摩都市モノレール線「万願寺(まんがんじ)駅」で、駅から徒歩5分です。
万願寺駅には「土方歳三 生誕の地」の文字。
一駅隣の高幡不動(たかはたふどう)駅出てすぐにある高幡不動尊金剛寺(たかはたふどうそんこんごうじ)は土方歳三の菩提寺で、土方歳三の立像があるので、併せて巡ると良いです。
高幡不動尊金剛寺の土方歳三の像の写真を貼っておきます。新選組の隊服を着て、カッコいいですね!
さて、資料館の最寄り駅である万願寺(まんがんじ)駅に戻りますが、改札出てすぐの壁にポスターが貼ってありました。
駅を出て、多摩都市モノレール線沿いに少し南へ行き、夢庵日野石田店を通り過ぎて右折。
すると、石田村名主 伊十郎屋敷跡が見えてきます。
土方歳三資料館は、その隣です。
駐車場が無いので、公共交通機関で行きましょう!
本館は元々土方歳三が29歳で上洛するまで過ごしていた土方家の屋敷であり、1990年(平成2年)まではそのままの形で遺されていた。その後、建て直しが行われた際に家の一部を開放し、歳三の兄である土方喜六から5代目の子孫にあたる土方陽子によって歳三の命日にあたる1994年(平成6年)5月11日に土方歳三資料館として開館した。
2005年(平成17年)春には3倍の広さになって新装開館し、従来展示出来なかった資料も新たに公開された。2012年(平成24年)には土方陽子の娘にあたる愛(めぐみ)が2代目館長に就任する。
土方歳三資料館 ウィキペディアより抜粋
ウィキペディアにもある通り、土方歳三さんの兄(土方喜六さん)の子孫が住まう住宅の一部を資料館として開放してくださっています。
ですので、必ず、開館日時を守りましょう!
冒頭に書きましたが、一般人が入れる開館日は残り2日で、その後、長期休館に入ります。
2022年11月12日(土) 開館時間9〜16時【予約不要・最終受付15時】
2022年11月13日(日) 開館時間9〜16時【予約不要・最終受付15時・一般公開最終日】
私達が訪れたのは9月の日曜日の夕方。長期休館を知ってか、ものすごい行列ができており、上の写真の青丸印から一時間待って入館しました。
次の土日が最後の一般公開日となるので、おそらくものすごい行列になるのではないかなぁと思います。訪れる方は、ぜひ、時間に余裕をもって到着することと、一般住宅地なので待っている間は静かに過ごすことを心がけましょう。
時々、館長の土方愛さん(土方歳三の兄の子孫。ショートカットが良く似合う美人)が行列を見回り、細やかな気配りをしてくださりました。
一時間待って、やっと門をくぐれました。
土方歳三の胸像。
ヒガンバナが奇麗に咲いていました。ヒガンバナの写真を撮っていたら、館長の土方愛さんが「毎年知らないうちに花を咲かせているんですよ」と教えてくださりました。
土方歳三の兄の子孫と会話ができて、もう大興奮!!
(*´∀`*)この思い出、絶対に忘れない~♪
新選組副長「土方歳三(ひじかたとしぞう)」は、1835年5月5日に生まれました。生家はここから300m東の、石田寺の北方にありましたが、1846年(歳三12歳の時)、長雨による増水で多摩川・浅川の堤防が決壊し、付近は大洪水に見舞われました。歳三の生家も土蔵などに被害を受けたため、残った母屋や土蔵をここに解体移築。歳三29歳の上洛時まで、過ごしたそうです。
旧家屋は区画整理により、平成2年に建て替えられました。左に映っている新しい家が土方歳三の兄の子孫が暮らす住宅で、右が土方歳三資料館。
土方歳三資料館入り口の梁(はり)にご注目。
梁に使われている木材は、土方歳三が生まれた家の大黒柱です。
土方歳三が、風呂上がりにふんどし一つで相撲のぶつかり稽古をした大黒柱!
ひょっとしたら、土方さんの汗が染み込んでいるかもしれません!!
ああっ、頰擦りしたい♡ (頭上なので無理)
また、資料館の隣には、土方歳三が植えた矢竹が元気に茂っています!
資料館の入館料は大人500円、小・中学生300円。
じっくり見て5~10分くらいの展示で(行列がすごいので私達は数分で出た)、中は撮影禁止です。
土方歳三の佩刀である和泉守兼定(いずみのかみかねさだ)、刀傷が残る鉢金、新選組隊士が使用した誠の袖章、池田屋事件使用の鎖帷子(くさりかたびら)、土方歳三が詠んだ俳句、土方家の家伝薬である石田散薬、手紙などの展示がありました。
資料館では石田散薬Tシャツやトートバックも売られており、私は土方歳三資料館のガイドブックを買いました。(80ページ。お値段は2000円くらい)
ガイドブックには、土方歳三の佩刀である和泉守兼定(いずみのかみかねさだ)、土方歳三が29歳まで過ごした家の写真と見取り図、生家に伝わる歳三エピソード、石田散薬、歳三35年の生涯年表、土方家略系図まであり、とても見ごたえがありました。(残念ながらオンライン通販は終了してしまったとのこと)
資料館のガイドブックは入手困難ですが、館長の土方愛さんが書かれた本はアマゾンでも買えます。
↓
資料館を退館し、木刀を持って記念撮影。
私(左)が持っているのは、土方歳三が使用した天然理心流木刀の複製。
夫(右)が持っているのは、天然理心流三代目宗家 近藤周助(新選組局長 近藤勇の養父)使用木刀の複製。
土方歳三が植えた矢竹の前で、良い記念写真を撮れます!
資料館前に高幡まんじゅう松盛堂さんが出張営業しており、土方歳三土産をたくさん買えました。
うどん、お茶、
落雁(らくがん)、あんぱん、グミ、
まんじゅうは土方さんのポストカードと栞つき!
「土方歳三の涙サイダー」はどんな味がするのだろうか。
松盛堂ののぼりがデカデカと饅頭を宣伝していたので、おそらく土方歳三饅頭が名物だと思います。松盛堂は資料館から2.5kmくらい離れた【高幡不動尊金剛寺(土方歳三の菩提寺)】の前で営業しています。
私が記念に買ったもの。
「饅頭のポーチが良いんですよ、人気なんですよ」と松盛堂さんがすすめてきた土産。
まんじゅうは、あんこと、ごまあんの二種類。
新選グミは、名前の通り、
グミが入っておりました。ソーダ味。
新選組鬼の副長・土方歳三が生まれたのは東京都日野市ですが、亡くなったのは遠く離れた北海道函館市です。
五稜郭タワー展望デッキのジオラマ。土方歳三が戦う様子の写真を載せておきます。五稜郭と函館戦争は以前書いたのでご覧ください。
土方歳三は1869年の函館戦争(戊辰戦争最後の戦地)で、35歳の若さで戦死しました。歳三の刀「和泉守兼定(いずみのかみかねさだ)」は遺品として東京都日野市の生家に届けられ、土方歳三資料館が保管しています。(日野市指定有形文化財に指定)
では、土方歳三の遺体はというと、北海道函館の【五稜郭(ごりょうかく)】に埋葬された後、函館市内の寺に移されたともいわれているようですが、はっきりとわからないそうです。
このことから「もしも土方歳三が死なずに生きていたら・・・」と空想が膨らみ、手塚治虫さんは「シュマリ」で、野田サトルさんは「ゴールデンカムイ」で、土方歳三を活躍させました。
あまりにも早く亡くなってしまった土方歳三。
先日、NHKスペシャルで放送していましたが、土方歳三が生きた幕末の日本は、「旧幕府軍 対 新政府軍」という単純な図式でなく、欧米列強の謀略(武器ビジネスと領土問題)渦巻く激動の時代だったのです。
欧米列強の謀略(武器ビジネスと領土問題)は幕末で終わらず、今もず~~~~っと続いています。
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幕末維新、ロシア革命、世界大戦・・・。お金の動きが世界を動かす。ぜひこちらの本をお読みください。
次は、土方歳三の引き墓(供養のためにつくられた墓)がある、石田寺(せきでんじ)を紹介します。
土方歳三資料館から石田寺(せきでんじ)までは600m、徒歩で7分ほどの距離です。
前回からの続きで、東京都日野市の「新選組副長 土方歳三(ひじかたとしぞう)」巡りの紹介です。 土方歳三の兄の子孫が運営する【土方歳三資料館】の次は、土方歳三の引き墓(供養のためにつくられた墓)がある石田寺(せきでんじ)を紹介します。 […]
(この見学記は2022年のものです)
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→→【五稜郭(ごりょうかく)】 五稜郭タワーから見る五芒星の要塞が美しい! 土方歳三が死んだ「函館戦争」の中心地・・・北海道函館市。
交通アクセス
多摩都市モノレール万願寺駅から徒歩5分。
資料館に駐車場はありません。
料金
大人500円、小中学生300円。
2022年11月末から長期休館になります。