【多摩区平和のための原爆展】 広島・長崎の原爆投下、フクイチ原発事故、米軍基地問題など

本日(2016年8月17日)、多摩区役所一階の図書館に本を借りにいった際、「多摩区平和のための原爆展」が行われていたので紹介しようと思います。

 

2019年8月23日(金)~2019年8月27日(火) 10時から16時。最終日は14:30まで。場所は多摩区役所一階アトリウムです。最終日の10:00〜12:00、多摩市民館4階第1会議室にて、脚本家・演出家の福山啓子さんによる講演会があります。

 

 

以下、2016年度のパネルを一部紹介します。

 

 


左の写真・・・原子爆弾で背中に大やけどを負った少年。
右の写真・・・原子爆弾で黒焦げになった少年の遺体。

左の火傷の少年は、谷口稜曄(たにぐち すみてる)さん。16歳の時、自転車に乗って郵便物を配達中、長崎へ落とされた原子爆弾で大やけどを負いました。

3年7か月も入院し、退院後は何度も皮膚移植を受けたそうです。

原爆によって被害を受けた自らの体験をもとに、核兵器廃絶のための活動を続け、2017年8月30日に88歳で亡くなりました。

 


原爆被害者。
服は燃え、裸の人が川にあふれる。

 

 


地獄絵図だと思う・・・。
こんなおぞましい歴史があるのは、世界で唯一日本だけです。

 

 

原爆の絵 広島平和記念館平和データベース
(原爆被害者が書いた絵を多数掲載)

 

 


 

 

第二次世界大戦末期の1945年。日本はアメリカ・イギリスなどとの戦争で敗戦間際の状態に追い込まれていました。

アメリカは7月、初の原爆実験に成功。トルーマン米大統領は原爆を投下すればロシア(ソ連)がやってくる前に日本はお手上げだ、と喜びました。

そして、8月6日、広島に、8月9日、長崎に原爆を投下、その年の内に二十数万人が殺されました。

日本への原爆投下は、大戦後のソ連との勢力争いに備えてアメリカの威力を見せ付けることが目的でした。

バーンズ米国務長官(当時)も”原爆は日本を打ち破るために必要なのではなく、ソ連をもっとコントロールしやすくるすためだった”と言っています。

 

原爆が落とされなかったとしても、ソ連が参戦しなかったとしても、日本は確実に、1945年11月1日の米軍九州上陸作戦予定日までに降伏していただろう。

米戦略爆撃調査団の報告(1946年)

(「なぜ原爆は投下されたか」パネルより抜粋)

 


世界には未だに核兵器が溢れています。

地球上の人間を5~6回分壊滅させるほどの数です。

一発だけでも壊滅的な被害をもたらすのに、世界にこれだけの核兵器があることに身の毛がよだつ思いがします。

さらに問題として、核兵器には「使用期限」があります。

残念なことに、だれも「核の処分方法」を知りません。

地下深くに埋めることしか出来ないのです。

「今はまだ核の処分方法が見つかっていないけれども、ひょっとしたら未来の誰かが処分方法を見つけてくれるかもしれない」
と、未来の子供達に押し付けているのです。

 

これが「大人」のすることでしょうか。

 

 

 

「オンカロ」は、地下およそ520メートルの深さまでトンネルを掘り、そこから横穴を広げ放射性廃棄物を処分していくという。

2020年までに運用を開始し、その後2120年頃までの100年間にわたり埋設処分に利用される予定となっており、100年後に施設が満杯になった後は、道を埋めて完全に封鎖する。

使用済み核燃料に含まれるプルトニウムの半減期は2万4000年。

生物にとって安全なレベルまで放射能が下がるにはおよそ10万年の月日を要するという。それまでの間、10万年にわたって「オンカロ」は地下に封鎖され続ける。

オンカロに携わった学者たちは、不安定で地層処理のできない日本は、最終廃棄物処理場が作れない国だ、と述べた。

人類が生んだ最も危険な廃棄物の最終処分場「オンカロ」を知っているか?  エキサイトニュースより)

 

 

 


フクイチの事故。

広島型原爆の470個分の放射性物質がまき散らかされました。

原発で働いていた方のお話や、元京都大学原子炉実験所助教である小出裕章さんのお話を、もっと聞くべきであると思う。

かつて「原子力は夢のエネルギーである」とまで思っていた小出裕章さんは、原子力発電所の危険性を説いておられます。

 

 


 


原子力発電所の割合が一番多いのが関西電力で43%。
二番目は九州電力で41%、三番目は四国電力40%、四番目は北海道電力で30%、五番目は東京電力で28%、六番目は東北電力で22%、七番目は北陸電力で20%、八番目は中国電力で10%。

 

 


神奈川県横須賀港には米軍の原子力空母ロナルド・レーガンが寄港します。

ロナルド・レーガンは原子力空母として2008年に日本に初めて配備され、ジョージ・ワシントンの後継。

空母は原子炉を2基搭載し、熱出力は合計120万キロワットとみられ、福島第一原発1号機の138万キロワットに近い規模

ロナルド・レーガンが事故を起こした場合、甚大な被害がもたらされる恐れ(175万人が晩発性ガンで死亡する可能性)があります。

被爆者数は首都圏人口の3~5割になるそうです。

 

「絶対に事故は起こらない」だなんて言葉が言い訳として使われますが、不完全な存在である人間が「絶対に」だなんて言葉を口にしてはいけません。

 

横須賀入港前のGW「原子炉の過酷な訓練」 航海日誌に放射性物質排出?も記述   東京新聞
「放射性物質を含む冷却水や気体を、日本の排他的経済水域の二百カイリ(約三百七十キロメートル)内で排出していることをうかがわせる記述もあった」

 

米海軍横須賀基地の周辺から奇形魚   カナロコ
放射性物質の排出が影響しているのか、ほかの汚染物質なのかわかりませんが、横須賀基地前、横須賀・長浦湾、横浜・鶴見川河口で調査を実施した中、長浦湾と基地前で背骨の曲がった奇形のマハゼが多く見つかったそうです。

 

 


神奈川県は、沖縄に次いで米軍基地の多い県です。
原子力空母の問題だけではなく、米軍機墜落事故も多数起こっています。
赤い×印は主な墜落事故地点です。(厚木基地の北側に多い

 

神奈川県内における米軍機の事故は、平和条約発効後の昭和27年4月から平成19年3月までに、214件に及んでいる。その内訳は、墜落事故62件、不時着54件、落下物68件、その他30件である。

米軍の事件・事故より)

 

 

いくつかここに掲載させていただきましたが、「多摩区平和のための原爆展」では、原爆投下直後の広島・長崎の写真や、福島第一原発事故、横須賀市を母港とする米原子力空母「ロナルド・レーガン」など計約五十枚のパネルが展示されていました。

 

毎年開催され、全部見ても10分くらいですので、ぜひ足を運んでご覧になってください。

署名活動も出来ます。

 

(手塚治虫さんの「ガラスの地球を救え」より。)

たとえ月面着陸を果たし、宇宙ステーション建造がどんなに進もうと、環境汚染や戦争をやめない限り、”野蛮人”と言う他ないのではないでしょうか。なんとしてでも、地球を死の惑星にはしたくない。未来に向かって、地球上の全ての生物との共存を目指し、むしろこれからが、人類の本当の”あけぼの”なのかもしれないとも思うのです。

 

 

 

いつか私達がもっともっと賢くなって、だれも殺さない、だれも殺されない世界になりますように。

そう願わずにはいられません。

 

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