学校に行きたくない? 自殺するくらいなら学校を休めば良い。けれども、通信制高校は出ておいた方が良い

先ほど、ちょっと気になる記事を見たので、このグラフを載せておきます。

 

学生の自殺が最も多い日を前に…春名風花さんが絵本『いじめているきみへ』に込めた思い

 

今日で8月が終わり、明日から9月が始まる。「9月1日」は1年のうちで“最もこどもの自殺が多い日”。夏休みが終わり2学期が始まるタイミングで、つらい学校に戻らなければならないという思いから、死を選んでしまうことが多いとみられている。

 

なんと、今日、9月1日は「最も子供の自殺が多い日」なのだというのです。

 

これは、私自身もそんな時があったので、気持ちがわかります。

 


 

私は、中学2年生で人間関係でつまずき(部活動が原因)、中学3年生の時にトラブルのあった子と同じクラスになってしまいました。

上手に仲直りができればよかったのですが、関係改善には至らず、相手が結構攻撃的(悪口を言いふらす、階段を下りている時に背中を押すなど、態度にガンガン出してくる)だったので、我慢できなくなり、中学3年生の10月は全く学校に行きませんでした。

 

しかし、高校受験を控えていたので、翌月の11月からがんばって学校に復帰し、卒業するまでの五か月間は、月の3分の1ほど休みながら、なんとか学校を卒業しました。

 

ストレスで勉強が頭に入ってこなかったし、授業を受ける回数も減ったので成績は落ち、1ランク落とした高校を受験し合格。

 

 

やったー、これで4月からは新しい学校だ。

モメていたあの子とは違う学校だから、苦しい時期はこれで終わりだ。

次は楽しくやっていこう。

 

 

と思ったのですが、中学3年生の時のクラスメイト(女子一人、男子二人)と、高校1年生で同じクラスになりました。登校拒否をしていたのを知っているのですから、その子が言いふらさないか・・・と気になって仕方がありません。

 

 

この時、私は6人グループでお昼ご飯を食べていました。

幸運なことに、グループに入れたのです。

しかし、違う学校から集まってきた者同士ですから、共通の話題に乏しい時期。

そこでグループはとりあえず身近な話、「担任の先生がキモイ、ネクタイがダサい」で盛り上がるのです。

私はこれがイヤでした。

悪口を言われて嫌な思いをしたので、「人をけなして盛り上がる」のは心理的に受け付けないものがありました。

 

 

高校生活が始まって、もうすぐ一カ月になろうとしている時でした。

この日のお弁当時間も、お決まりの話題、「担任の先生がキモイ、ネクタイがダサい」でした。

ずーーっと何も言わないで聞いていた私でしたが、さすがに六日目になると「もうそろそろこんな話題、終わりにしようよ・・・」という気持ちが湧いてきて、ついにハッキリ言ってしまいます。

 

「そうかなぁ? 私、先生のこと、キモイとも思わないし、ネクタイもダサイと思わないけれど」

 

 

シーン・・・。

 

 

静かになる弁当時間。

(あ、マズイ・・・)、そう思って別の話題をふるものの、誰も返事してくれない。

この日の弁当時間は、誰もしゃべらない静かなものになりました。

 

 

そして、翌日。

キーンコーンカーンコーン、チャイムが鳴ってお弁当時間。

ガタガタガタ・・・と、机を動かしてグループを作る。

6人で机をくっつけて食べていたのに、私が入れないような形に机をくっつけて、

「じゃ、たべよっか。いただきまーす」

と言う五人。

 

思い出して苦笑いしながら↑の図を作りましたが(20年も経てば、痛い思い出は苦い思い出に変わる)、この時の私は全身の血の気が引きました。

 

サーーー・・・

 

胸がキュゥゥゥと締め付けられるように痛み、私はグループに入れず、一人で机に弁当を広げたけれども、まったく箸が進まない。

御飯を1口、2口食べた所で、箸を置いた。

 

 

それを見ていた、隣のグループの女の子が、

「あの子、今日は一人だね。入れてあげる?」

と、一緒にお弁当を食べている子にきいた。きかれた子は、中学3年生で同じクラスだった女の子で、彼女は「いれてあげる?」の問いに、こう答えた。

「あの子、中学3年生の時に登校拒否してた変な子だから、しゃべらない方が良いよ」

 

 

私はこの一言で心が折れてしまった・・・。

 

なんて最悪な一日だったんだろう。思い出しながら書いていると、もう20年も前のことなのに、胸がちょっと痛い。

 

ニコニコ明るい顔をして、楽しい話を振れば、私に対する印象も変わっただろうに、私はその努力をする気にもならなかった。

「また、辛い日の続きになるのか・・・」と嫌な予感しかしなかった。

そして私は、この日、「気分が悪いので・・・」と高校を早退し、翌日から学校に行かなくなった。

 

 

せっかく合格した高校だったのに、私の高校生活は、たったの1カ月だった。

 

 

そんな私に母親は激怒した。

「あんたが昼休みに余計なこと言うから! アホちゃうか!」

「せっかく合格したのに、もう学校に行けへんのか! 制服代とかいろいろお金払ったのにもったいない!」

怒鳴ったかと思えば、数日後には、

「なぁ、お願いやから学校に行ってくれへんか? ほかの子が学校に行っているのに、自分の子供が行ってないって、恥ずかしいから」

と、ちょっと悲しそうな顔をして言う。

 

 

私もどうしたらいいのかわからなかったけれども、母親もどうしたらいいのか、わからなかったのだと思う。

父は、「今の時代は絶対に高校は出ておいた方が良いと思う」と言った。

けれども、私は、もうあの高校に行く勇気が無かった。

 


 

二週間ほど高校を休んだ頃だろうか、担任の先生が家にやってきて、通信制高校の話をしてくれた。

「毎日学校に行かなくても、週に一度だけ通えば良い。それ以外の日は、自宅学習をして、レポートを学校に送る。卒業したら、高校を卒業したとみなされるので、専門学校にも大学にも、進学しようと思えば行ける。先生の知り合いが、通信制高校の先生をしているから、話をしておいてあげる。簡単な面接があるけれども、入試もないし、落ちることもない」

 

専門学校にも大学にも、進学しようと思えば行ける。

 

これは、大変魅力的に思えました。

私は医療系の仕事に就きたいと思っていたので、専門学校か大学に入って勉強し、国家試験に合格しないと、その仕事には就けないのです。

 

「もう高校行けないし、夢は諦めるしかないかな・・・」と思っていたので、「通信制高校」という新しい道が、輝いて見えました。

 

 

そして、私は通信制高校に転校し、卒業。

行きたかった医療系専門学校に進学し、国家試験に合格し、小学生の頃から夢だった医療技術者になれたのです。(これは、子供の不登校に悩む親御さんにお願いですが「通信制高校を出て専門職に就けるか! 」などは絶対に言わないでいただきたいです。子供が頭を切り替えて、新しい環境でがんばっていることを、見守ってあげてください。何かしらの目標をもっているのは素晴らしいことです。応援してあげてください。)

 

あの辛かった中学三年生の頃、高校生の頃、私は3日に一度は「どうやって死のうかなぁ・・・」と悩み、自殺サイトを閲覧し、電気コードで首を絞めてみたり、自殺の名所に一人で向かったり・・・と鬱々としていました。

自分は30歳までには死んでいるだろうな・・・と思っていたけれども、あと少しで40歳です。結婚し、子供も二人います。

一時の感情で、間違いを犯さなくて良かった・・・、そう思いますし、子供達がつまずいたら、ヒステリックに責めるのではなく、話を丁寧に聞いてあげようと思います。

 

 

長々と書き連ねましたが、私が通信制高校に行ったのは20年前のこと。現在とはまた仕組みが違うところがあるかもしれないけれども(良くなっていると思うし、増えていると思う)、全日制の学校に馴染めないという子は、通信制高校を考えてみれば良いと思い、書きました。

 

 

高校を出ておけば就ける職が広がるし、専門学校や大学に進学したら、さらに多くの職業から選べるようになります。

中卒は、今の時代、明らかに不利です。(制限が多く、賃金格差でむなしくなると思う。これは中卒が悪いのではなく、社会システムに問題があると思う)

最終学歴中卒のデメリット

 

私は中学3年生の秋から不登校になりましたが、小学生の頃に仲の良かった友達の一人は、中学1年生の秋から不登校になりました。この子も通信制高校に入学しました。(胸が痛い事ですが、この子は長くノイローゼを患い、通信制高校も卒業に至らず、32歳で亡くなりました。学校を変えれば良いという話しではなく、心が深く傷ついている子供には、適切なカウンセリングが必要なケースもあると思います)

 

不登校にもいろんな原因がありますが、私のように、その時の人間関係につまずいて不登校になってしまった中学生の子供を持つ親御さんに、「通信制高校」という道があることを知っていただきたいです。

 

思春期は多感な時期で、悩みも人それぞれ違うし、対処も違いますが、「みんなと一緒に毎日学校に行けなくても、進む道はある」のです。

 

通信制高校は、3年で卒業する人、5年で卒業する人・・・と、自分のペースで進められます。

年齢も境遇も様々で、多様性を認めてくれる、比較的居心地の良い高校生活でした。

 

 

人は「人の中」で生きていくのですから、人生には、思いやり、勇気、忍耐力といったものは必須です。

長い人生、辛いことに立ち向かい、踏ん張ることも必要ですが、突然、糸が切れて死んでしまったのでは、取り返しがつきません。命を失ってしまっては、やり直しができないのです。

 

目標があるならば時には回り道をするのもありでしょうし、目標を失ってしまったとしても、どこかで新しいものに出会うタイミングもまた必ずあるでしょう。

「学校」という一つの場に、残るのか、残らないのか。それが人の命を左右するものであってはならないと、私は思います。

 

 

18歳未満の自殺者数は、平均すると1日約50人。しかし、夏休み明けの9月1日には、1日131人と平均の2.6倍に増加します。
「当たり前に学校に行かなくていい夏休み」が終わって、これだけの学生が自ら死を選んでしまうのです。いえ、これ以外の選択肢が考えられなくなってしまったのかもしれません。
だけど、死を選ぶくらいなら、学校になんて行かなくてもいいんですよ。命より大事な学校なんてありませんからね。

そして、死ぬほどの我慢をする前に、頑張って我慢をやめてください。

(中略)

死んでしまったら生活も人生も、その先にないことは確かです。
勉強、友達、将来も、色んなことはやり直しが効くけれど、それはやっぱり生きていないとできないことなんですよ。

通信制高校ナビ「不登校を知る」より抜粋)

 

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